「なぜ自分らしく生きてはいけないのか。」ミッドナイトスワン xmasrose3105さんの映画レビュー(感想・評価)
なぜ自分らしく生きてはいけないのか。
ストーリーはシンプルです。登場人物の心情に沿って観ていくだけで、言葉にしない思いがビンビン伝わってきました。ナギサさん、イチカちゃん、友人のリンちゃん、イチカのお母さん...etcどんな境遇であれ、自分らしさと責任(期待されている役目)のズレがある。優しい人ほど期待を優先し、応えてあげようと無理めに頑張る。自分らしさがどんどん遠去かっていく。
でも自分らしさを出すのは、勇気が要ります。自分を出せば、嗤われ、蔑まれ、嫌われる。誰かを困らせ、失望させ、不機嫌にさせる。そしてついには犠牲にし、幸せを壊してしまうかもしれない。自分を出すのは、わがままで反社会的で、調和を乱す行為なのか。そう問いかけられている気がします。ジェンダーがテーマのようで、実は人類共通の問いです。
自分が望む自分と、みんなが望む自分。
中身と外見。
本質と世間体。
ズレが大きいと苦しみも大きい。どう重ねればいいのでしょう。
ナギサさん、はじめは意地悪な人。イチカちゃんは、変な子(全く口をききませんから)。でもなぜ意地悪か。なぜ口をきかないのか。
世の中に、人間に、突きつけている。
どうせみんな優しさも愛も人間らしくありたい気持ちもないんでしょう。
人に酷いこと言っても恥も感じないんでしょう。
同じじゃなきゃ許さないんでしょう。
それならこっちも期待しない。完全防備。ガチガチの鋼鉄並みのシールドで、心を覆い隠す。
やられたらやり返すだけ。
でも、同じように、自分にも突きつけている。
やられるからやり返す、そんなこと本当はしたいわけじゃない。傷付いたからって誰かを傷付ければ、そんなことをしている自分がもっと嫌になる。
袋叩きにあわないよう強く見せるしかない。一人でも生きていけるように。
でも頑張っても頑張っても、楽にならず光も見えない。自分を守る殻だけどんどん頑丈になっていく。
「どうしてわたしばっかり...」夜更けの部屋で、絞り出すように泣くナギサさん。
辛いねぇ..と胸が詰まり、思わず声をかけたくなりました。
あなたばっかりじゃないよ。
ジェンダー関係ない。これは誰にでも共通の問いかけです。肌の色や国籍、職業、学歴、年収、外見、出自。差別したい人がいる限り、なんでも差別の基準になり得ます。
なぜ自分が自分らしく生きるのを、認めない人たちがいるのか。
自分らしく、いていいよ。
なりたい自分に、なっていいよ。
ナギサさんはなかなか自分に言えなかった、でも誰かに言って欲しかったその言葉を、イチカちゃんには言ってあげられたのだと思いました。無言の言葉で。
無言の言葉を聴く耳を持つ人は少ない。でもイチカちゃんにはちゃんと届きました。白鳥は美しい佇まいの下で、必死で水を掻いている。ナギサさんもイチカちゃんも、誰でも、スワンなんだと思います。
たすきは渡されました。こんな形のハッピーエンドがあろうとは。自分らしく生きる、という聖火はまだちゃんと灯っています。国内だけでなく、世界の皆さんに観てほしい作品でした。