「悪夢の灯りが人の狂気をさらけ出す…」ライトハウス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
悪夢の灯りが人の狂気をさらけ出す…
1890年代、米ニューイングランドの灯台が立つ小さな孤島。
そこに灯台守としてやって来たベテランの男と新人の男。
邦画だったら人情と漢涙の作品になりそうだが、
気鋭のA24スタジオ製作、『ウィッチ』で高い評価を得たロバート・エガース監督、ウィレム・デフォーとロバート・パティンソン激突。
感動作になる訳がない。
見る前の印象は極限状態下の心理スリラー。開幕は往年の怪奇ホラー。そして作品は、見る者を狂気と幻想と戦慄の悪夢世界へ惑わしていく…。
絶海の孤島。島にあるのは生活の為のオンボロ小屋と灯台のみ。
そこに男二人。
相性悪く、初日から衝突。これから4週間も…。
ベテランのウェイクは威圧的な性格で、スーパーパワハラ。雑用は全て押し付け、「わしのもんだ」と灯台最上部の灯室には一歩も入れさせない。
新人のウィンスローは寡黙な性格。が、時折反抗的。沸き上がる不満や怒りを抑えつつ、真面目に黙々と雑用をこなしていたが…。
あれやこれやと口うるさくダメ出し。…いや、それならまだ優しい。
罵り。「若造」と名前ですら呼ばない。
酒飲みで、かつて海に出ていた事や海の神話を自慢気に得意先に話す。しょっちゅうこく屁もイラッ!
掃除なども自分が納得するまで何度でもなり直しさせる。
口答えは許さない。絶対服従。
仕事ぶりの評価も日記に記され、彼の一言や気分次第で、給料や解雇すら決まる。
何故こんなクソみてぇな仕事を選んじまったのか…。
辞めたくてもここは絶海の孤島。島から出られない。
通る船は島から遠く過ぎ去っていくだけ。ボートはあってもこんなんで…。
まあ、いい。4週間。4週間我慢すれば、いい金貰って、クソみてぇな島と仕事、何よりあのクソジジイとおさらば。
だったのだが…
突然の大嵐。
それにより航路が絶たれ、島から出る事が出来なくなってしまった。
交代要員もナシ。
つまりは期間延長。嵐次第でいつ終わるか分からない。
外界とも完全遮断。食料も尽きていく。腹を満たすは、酒。その量がどんどん増えていく…。
最低最悪、地獄のような設定がさらに究極にまで整った。
ここから二人の鬼気爆発の関係が嵐の如く…。
ウィレム・デフォーvsロバート・パティンソン!
近年、これほどの狂気すら感じる演技対決を見た事がないってくらい。
その横暴さは勿論、次第に声も顔すらも見たくなくなってくるデフォーの圧巻の演技。独裁者のようでありつつ、何処か惨めで愚かな哀れ人の隠し味も滲ませる。悪役は十八番だが、それらとは全く違う、どの役よりも恐ろしかった。
対するパティンソンも素晴らしい。序盤の抑えた演技、徐々に徐々に込み上げてくる怒りと反抗心、そして遂にの感情爆発。様々な感情を入り乱れる難役を見事に演じ切った。特に中盤からのラストにかけてまでの彼の変わりようは凄まじく、終始圧倒。新コウモリヒーローに抜擢されたが、そのヴィランでもイケそう。
いきなり気まずい初日の夜食の席。
衝突。途切れる事ないピリピリムード。
罵り合い、怒鳴り合い。
正気と狂気。その狭間に蝕まれていく…。
キャストも全編通してほぼ二人のみ。二人のキャリア最高と言って過言でもない渾身の演技は必見!
往年の名作のような画面サイズ、モノクロ映像。
このモノクロ映像がとにかく、恐ろしく、感嘆するほど美しい。
往年の名作怪奇ホラーを彷彿させる雰囲気に開幕から魅了された。
見る者はさらに混沌の中へ。
神話や古典の引用。
ウェイクが何度も警告するカモメの存在。
島に着いた時から鳴り響く灯台の音、不穏な音楽…耳を塞ぎたくなるような不協和音。
そして我々を悪夢の世界へ誘うものとして鮮烈に印象残すのは、ウィンスローが夢や幻想で見る人魚や異形のモンスター。
これら現実と幻想の境界線の象徴か、己の内に潜めた“何か”か。
全てに於いて、ロバート・エガースの才気が炸裂する。
人は何処まで狂気の中に堕ちていくのか。
支配する者とされる者。
が、ある時を境に立場が逆転。
ウィンスローの過去。素性。そして本性…。
ウェイクが性悪なら、ウィンスローは病悪。
大酒飲み。性格も豹変。
凶暴になり、罵倒罵倒罵倒!罵倒し尽くす。
そんな彼が抱える過去に犯した罪…。
一度解き放たれた本性は、もう逃げも隠れもしない。
惨めさも哀れさも恐ろしさも全てさらけ出す。
もはや“倍返し”どころどはない。人が人を支配する。人はあそこまで恐ろしい姿になり得るのか。
そしてまた再び…。
その狂気を止める手立ては…?
もう一つしかない。
死を以て。
あのラストシーンは衝撃的で皮肉的でもあった。
まるで、この島が愚かな人間に罰を下したようだ。
並みのホラーなど比べ物にならない。
この恐ろしさ!
聞けば、1801年に英ウェールズで実際に起きた事件が基。
それを聞いてさらに戦慄。
久々にこんなにも嫌なものを見てしまったなぁと、しかし芸術的な作品を見たと感じさせてくれた。