イーディ、83歳 はじめての山登りのレビュー・感想・評価
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超人おばあちゃん
83歳のおばちゃんは寝台列車で寝るだけで疲れてしまうのかと思いきや、、3日間のトレーニングからの飲み、一度倒れるも1人で3日間の登山。すごすぎないか?介護で体力がついていたのだろうか。 彼女をそこまで駆り立てるのは人生を我慢し続けてきた後悔。だがその部分が描かれないためいまいち感じとれないのは若さゆえか
特に後半行き当たりばったりな展開
夜中に起きたら夫が面白いと言って見ていたので、一緒に見た。 主人公が83歳という設定ですが、この若さはないわなと思いながら見ていたが、本当に83歳だったとは驚きました。 景色が綺麗で、映画館で見たらもっと良かったと思いました。ノマドランドを思い出しました。 しかし、持って行ったテントがポップアップテントのような物であったり、食料が入っているのか心配になるような荷物だったり突っ込みたくなるところが一杯です。ボートで対岸に渡るときにオールが流されてしまい、危機に陥ったら寝てしまって、気づいたら対岸に着いていたり、なんだかストーリー展開に無理がありすぎです。83歳単独初でこの山は無謀と言うより自殺行為です。 普通なら生きては帰ってこれないと思いました。
都合よく、困難が訪れ過ぎ・・・だけど、ヨカッタネ♪です。 スベアの...
都合よく、困難が訪れ過ぎ・・・だけど、ヨカッタネ♪です。 スベアのストーブ、懐かしや😬 スコットランド、歩いて旅してみたくなりました。 何処の国にも、奴隷の如く、家政婦の如く、男(会社)への奉仕で人生を台無しにしてしまう女性(男)は少なからず居るのですね。 Never to late.(to start) 今からでも、遅くはありません、自分の人生をとりもどしましょう。 とりあえず、バイクの免許から😬
『シロクマ号となぞの鳥』の舞台
83歳の妄想だろうが、前向きにボジティブな所が大変に良いと思う。 人生に於いて嫌なことからは我慢せずに直ぐ逃げろって事だと思う。 我が母親が我が親父に、この映画の亡夫と同じ様な事をされた。二人とももう亡くなったが、『我慢せずにもっと早く逃げていれば良かった』と晩年話していてのを思い出す。『墓は別々にしてもらいたい』と母は生前話していたので、父だけ海に散骨した。 ロケ地はスコットランドのハイランドの山だろうが、残念ながらこの山は知らなかった。後でネットで調べて、登って見たいと思った。勿論、スコットランドのハイランドは天気の悪いところで、この映画の様な素晴らしい景観は簡単には望めないと思うが。 また、僕の愛読本のランサム・サーガの『シロクマ号となぞの鳥』の舞台だと思う。ツバメ号シリーズ本編の『ウィンダミア湖』、ディックとドロシア姉弟の『ノーフォーク地方』へ行って見たいと思っている。
【”Never too late” 夫の介護に長い年月、人生を捧げて来た高齢の女性が独り立ちし、新たな人生の一歩を踏み出す姿が印象的な作品。】
ー 私事で恐縮だが、30代中盤まで仕事の傍ら、キビシイ登山をして来た。最近は事故は減ったが、当時、高年齢の方々の登山での遭難の報を知ると、その装備の甘さ、計画性の無さ、ガイドに頼りっきりの登山スタイルに、残念な気持ちを持っていた。 だが、今作品は映画館で観たかった作品であった・・。 それは、主人公の女性が83才と言う事ではなく、人生の再出発の手段に、キツイ登山を選んだという点である。ー ◆感想 ・序盤で描かれるイーディス・ムーア:イーディは、長年の夫の介護及びその前の高圧的な夫に黙って従事する女性として描かれる。夫が亡くなった後も、娘から老人施設への入居を勧められる。 ・そのような背景があり、序盤のイーディは頑固で”全て一人でやる!”と言う女性として描かれる。 ・彼女は、且つての夢だったスコットランドのスイルベン山に登る事を決意し、ロンドンからスコットランドへ・・。 ー 少し、唐突な感はあるが、気持ちは分からないでもない。 あと、スイルベン山は屹立した山であり、ロッククライミングスキルを必要とするが、標高が731mと言うところが絶妙である。何故なら高山病の恐れがないからである。ー ・そこでイーディが出会った、調子のよい、登山ガイドの金目当ての若きアウトドア店主、ジョニー。 ー 最初、二人の関係性は良くない。お互い、相手を信頼していないからだ。ー ・が、徐々に交流を深めていく二人。ジョニーは逡巡しつつも、彼女の単独行を認める。 ー イーディの単独行の中で、印象的なシーンがある。 山小屋で出会った眼光鋭い登山者が、疲弊しているイーディの姿を見て、何も言わずに食事を作るシーンである。 ”真の山男は寡黙だが、心優しき男が多いのである・・”と書きたいところであるが、私を含めておバカが多い。けれど、困っている他人につい、手を差し伸べる所は似ている・・。ー ・イーディの身を案じて登って来た、ジョニーの姿。そして、イーディが漸く登頂した時に、山頂に積まれていたケルンに、小さな石を置くシーン。晴れ晴れとしたイーディの表情が沁みる。 ー このシーンは、登山をした方であればイーディの”私はやり遂げたのだ。”と言う達成感を味わう気持ちは良く分かるのではないかと思う。ー <自分の人生は、夫に従い、介護をするだけだった・・、と悔いを口にするイーディが初めて自分の意志で行動し、目的を達した後に浮かべた笑顔。山頂から見た広大な光景。 彼女は、その過程の中で頑なに”自分一人でやる!”と言う意識から、”人に頼る事の大切さ”も学んでいく。 ”Never too late”の意味合いを考えさせられた作品であった。>
あの山のかたち
あの山のかたちをじっと見つめていたら、そしたら 出来上がった原作なんではないだろうか。 絵はがきでもいい、写真集や絵画、あるいは土産話でもいい。 湿原の向こうに「ひょうたん島」のように見えるスイルベン山。ユニークな姿だけど近目には意外と急峻。731m。 あれをじっと眺めていたら物語が書けそうではないか。 【そこに山があるからだ】 83歳のイーディ。 死んでもいいつもりだったろうし、死ぬつもりだったかもしれない。 イーディの、結果としての山での生死は、彼女の目指す物語を左右はしない。 ⇒やりたかったことをやることに、イーディの「今ある」意味があったのだ。 【良い年輪も悪い年輪もある】 あの口調では、あれだけ娘から嫌われるのも無理はないが。 そして30年間介護したという夫の、妻イーディへの生前の抑圧もそれがどの程度であったのかは映画ではよく分からないが。 逆だった可能性も。 ただスクリーンに登場するのは、ほぼ、くせ者のイーディと、“人生登山”には滅法弱いガイドの若者と、夢か幻か不思議な山小屋の主、そしてなぜか忽然とそこにいた湖の畔のハイカーだけ。 あとの二人はイーディの亡き両親の精霊と見た。 婚家を脱出して、夜汽車で逃避行。閉鎖的な田舎町を蹴って山を目指す。 人生の地図と登山道。 山岳小説なんですね。 ・・・・・・・・・・・・ スコットランドの訛りのすごいことと言ったら!ほとんど聞き取れません。 湖畔の女性がゲール語?で“お気をつけて”と言ってたのはメモ出来ませんでした。(字幕にウムラウトが見えたからドイツ語か?) うちの裏山は長野県の八ヶ岳です。大昔、富士山の怒りを買って棍棒で殴られて頂上が砕かれ、あの形状になったそうですよ。 登山の経験はありますか? ふるさとの山にはどんな物語が受け継がれていますか? 到達したい憧れの心の中の“山”はありますか?
尊厳
イーディの様なやりたい事があって優秀な女性だと、誰かのサブでしかない主婦は屈辱的な人生だったと思います。自分の人生が生きられないし人間関係も家族中心な退屈なものになるし。ひとりになったら、長年の夢が叶って新たな友達ができて、皮肉ですよね。人間いずれは死ぬのだから、残りの人生好きな山で死んでもいいと思います。 昨今の作品には晩年の女性の自由を描いたものが多いと思います。自立は人間の尊厳と繋がっているので、自立を拒む結婚制度そのものに対する疑問が各国で高まってきているのかもしれません。
婆ちゃん、1人で山登る。
夫を亡くし、娘に老人ホームへの入居を勧められた83歳お婆ちゃんが、父の絵葉書を見つけ長年の夢であった山へ登ろうとする話。 83歳とは思えない体の若さイーディ。 最近ウチの父が同い年ぐらいで突然亡くなったけれども、ギリギリまで体は若くて死ぬ1ヶ月ぐらいまでひょんひょんと山登って山菜取りしてたぐらいだから、この位の歳の方はいつどうなるか分からない。 いつまで有るか分からない残りの人生をやりたい事に捧げたい理由は分かりますが、それだけじゃないんだよね的な事をこの映画では教えてくれる。 ある事にのめり込もうとすると、なんだかんだで最新グッズが欲しくなる所はあるあるで愉快ですし、若者目線もありますので、老人目線だけでは無い所も好きな所ではあります。 映像的にも日本の様な見えない森の中延々と歩く山登りでは有りませんし、壮大な光景はちっぽけな人間が自然の巨人に立ち向かおうとする姿としてはバッチリです✨ 「苦難あっても山登りの達成感っていいよね✨」 と映画に影響されて山登りしたくなるかも。 でもね。日本の今年の山は熊ちゃんがかなり下山や出没してますのでご注意を💦🐻
山に登るまでは素晴らしい。肝心の山登りが……
夫の介護から開放されたおばあさんが険しい登山を挑戦する話。 おばあさんがワクワクしながら、不安そうに、楽しそうに新しいことに挑戦する姿は見ていてナニカ込み上げるモノがあります。 頑固なおばあさんとやる気のないトレーナーが、最初の”衝突”から”信頼”する関係になる過程を丁寧に描いてて”あぁ、こりゃいい映画だな”と。 なんだけど肝心の登山シーンが ”ん?その判断なんなの?” ”そうなるんだったらアレは…;”となんかしっくりこず。惜しい! トレーニング中は丁寧に登山について描いてたのに、実際の登山シーンになると急に現実離れする感じが……うーん、モヤモヤする; 山から見える景色、いや舞台となるスコットランド全域の景色はホント綺麗。 だから余計に……もったいないなー、と; しかし最近、私のなかで高まっている”登山をはじめてみたい欲”がまたさらに上がる内容でした。 街で暮らしてたら見えない景色だなぁ。
今年一番かも
何時でも遅くないことの証明? この女優さんが好きになりました それと人のやさしさ 山男はいいですね しかし、確かに遅くはないのだができる事にはかなりの制限ができてしまうことは否めない 先送りにせず、何でも早く取り組もうと。
遅すぎることはない
常連のカフェで主人公が追加して遅くないかと訪ねると、主人が何事も遅すぎるってことはないというやり取りが心にひびきます。 英国でも同じ介護、人生の問題を彼女は頑固にはねのけてきたて、そこがストーリー、取り巻くキャラクターとすごくマッチした。全てを昔のテント、ストーブでやると意地をはるが、やはり最新のウエア、ギアにはかなわず買い揃えてしまうところもお茶目で良かった。 彼女がいつまでも元気で登山に行けることを祈ってやまない
女性の生き方とは
年老いるまで、様々なことを諦め尽くしたイーディ。夫と死に別れやっと手にした自由だったが、やっぱり自分には無理だと何度も挫けそうになりながらも、父との思い出の山の登頂を目指す。 劇中の好きなセリフ(閲覧注意:ネタバレかも知れない) ・追加注文に遅いなんて事は無いよ! …だったかな?そんな感じ あと、グッと涙が出てきたシーンが3箇所はあった。 とにかく、もう諦めるしか無いのかと思わせられる場面に出くわすたびに、その乗り越え方が少年ジャンプ的な体育会系のノリであったのがおもしろかったなぁ。 女性の生き方と言う点では、主人公イーディの生き方ともう1人の主人公トレーナーのジョニー、の彼女の生き方が対比的で、どちらもこんな感じに生きてる女性いるよなぁと感じたと共にどちらの生き方が幸せなんだろうか?と考えさせられた。 ま、人の人生、他人にとやかく言われずに生きられるのが1番満足なのかなぁ。
何かを始めることに遅い事はない
タイトルにも書いたとおり何かを始めることに遅い事なんてないんだ。この作品に関してはこれに限ると思う。 旦那を介護し時間を費やす事を否定することもなく、解放された今だからこそ何かを始め、自由に生きることは悪くないというのは、誰かを傷つけることなく幸せな気持ちで鑑賞できる。 しかし未熟ながらアラサーの自分にとってはまだイーディの気持ちが存分に理解できるほど経験が足りない。 親も健在で介護の辛さや、何かに自由を奪われるもどかしさなど何一つ経験が足りないためあまり感情移入して鑑賞する事が出来なかったため若干の退屈さは感じてしまった。 何年後かに見るとまた違った視点で見られるんだろうなぁ。自分にとってはそんな事を思う作品だった。
ガイド役が良い人でハンサム
83才と言えどもプライドの高い女性。 自立心が高いと言えば、長所になるか。 イーディは認知症もないし、足腰は立つし、もともとの体力があるから山登りもできたんだな。 列車やホテルの手配を一人でするだけの頭脳の明晰さもあり。 性格は、柔軟性がないと思ったけど。。それが、大自然に翻弄されて、イーディの性質も変わっていったみたい。 いくつになっても、挑戦できるし、成長できる。と感じた。
好奇心と勇気を青いリュックに詰めて・・
山頂から絶景を眺めるイーディの瞳は 「やんちゃ」だった頃の少女の瞳だと思えました🌠 ちょっぴりの頑固さと大きな好奇心を私も持ち続け、潔く歳を重ねて行ければ・・と 終演後ロビーに溢れる人生の先輩方の笑顔が素敵でした! イーディから、この作品から元気を得た事でしょう🍀 映画って何よりも効果的なサプリメントですよね!
レビューの評価に期待して見てきましたが・・・。
面白かったか?と言われたらかなり微妙。 個人的な経験による感受性の問題だとは思いますが私には響く部分が少なかったです。 後半のサバイバル的な苦労や助けに来た彼とのやりとりも何かズレてる感じがしました。 ラストもスパッと終わって爽快感とは程遠い。 ただ館内では拍手してた年配の方はいました^_^ 私の世代にはまだ早かった作品なのかも^_^
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