「4歳で親に捨てられた少年が、親の愛情を渇望しながら安逸な生き方をしてきて、ついに前科10犯。人生の半分以上を刑務所で過ごし、出てきた時には浦島太郎になっていたわけです。」すばらしき世界 お水汲み当番さんの映画レビュー(感想・評価)
4歳で親に捨てられた少年が、親の愛情を渇望しながら安逸な生き方をしてきて、ついに前科10犯。人生の半分以上を刑務所で過ごし、出てきた時には浦島太郎になっていたわけです。
最後に刑務所に入ったのは懲役10年ほど。しかし刑務所内でも、何のかんのと問題を起こし、懲罰を喰らい、刑期が延びて延びて結局13年をムショ暮らしして出所する、そんな初老の元暴力団員を演じるのが役所広司です。
彼は左上半身にだけ入れ墨の下絵(筋彫り)を入れていますが、まだほとんど色は入っておらず、中途半端なままで放置されていて、ヤクザにすらなりきれない彼の中途半端な人生を示しています。
ただ、彼の暴力には一定の傾向がありました。
自分の正義感に反することに遭遇した瞬間、決して許せず見逃せずに、後先考えずに暴行に走る、それが彼の一貫した傾向でした。
自分を抑えることを学び、物事には何通りもの見え方があるということを教えてもらうべき幼年期に両親から捨てられてしまったことが、こんなところに深い影響を及ぼしているわけです。
ほとんどの累犯と同様、この初老の元暴力団員にも絶望的に欠けているのは人間関係でした。
だからこそ、自分を捨てた母親に一目会いたいと願い、その気持ちにつけ込んだテレビ局の取材を許してしまうのです。
冷血で嘘つきなディレクターを演じる長澤まさみの登場シーンは、実はほとんどありません。
なので彼女期待で観た人は、ちょっとガッカリするかも知れません。
演技は上手いのですけどね。
この映画の凄いところは、「マスゴミ」側だった仲野太賀が、カメラを投げ捨て、人間として目覚め、成長していく道程にあるのかも知れません。
仲野太賀はまったく一寸の緩みもなく、この役柄を見事に演じており、ほとんど主役に匹敵する活躍で、感心しました。
というわけで、ほぼ満点ペースの作品だったのですか、最後の最後で、映画監督が安易なところに逃げ込んでしまったのが、返す返すも残念でなりませんでした。
あのようなエンディングではなく、もっとキチンと、描きにくい面を、真正面から肝を据えて描き切らないと、本当に胸を打つドラマにはなれないと思うのです。