「イスラム貧困思春期女子の記録」少女は夜明けに夢をみる ススミッチさんの映画レビュー(感想・評価)
イスラム貧困思春期女子の記録
今は亡き岩波ホールで鑑賞。場所は認識していたがこの映画ではじめて行った映画館。1階のチケット受け付けで当日券を買い、映画館は同じビルの10階でスクリーンは1つだけ。客は高齢者が多かったと思う。やや横幅の狭いホールで、スクリーンが横一杯に広がっていないため、巨大スクリーンに慣れている自分には画面がやや小さく感じたが、鑑賞には問題なかった。
イランの少女更正施設を舞台に、強盗殺人薬物売春放浪といった罪を犯した少女たちへのインタビューのみで綴るドキュメンタリー。最初あまりに断片的な構成だったので少し寝てしまった。
あまりにも理不尽な理由で投獄された少女たちの悲哀を描いているのかと思ったら、そんな感じではなく、先進国でも十分にあるような、貧困層の思春期の少女たちを描いた感じ。
映画のチラシになっている物静かで穏やかに笑う少女が印象的だった。彼女は家出し、「放浪」の罪で施設に入所。腕には切り傷のような爛れた痕のような痛々しい傷があり、母親から熱湯をかけられたという。2年前に姉が婚約したが、おじに性的暴行を受け続け、それを理由に婚約破棄。そしておじの性的暴行は自分に及び、それを母親に言うと信じてもらえずに家出したという。とにかく精神的に病んでいて、「夢は?」→死ぬこと、「将来良いことがあるといったら信じるか?」→何でも信じちゃう、「神を信じるか?」→祈るのはやめた(疲れた)、「何がほしいか?」→やすらぎ、「どうすれば叶うか?」→無理という絶望っぷり。子持ちの入所者を見て、自分が子供を持ったら…という話題に及んだシーンでは、「女の子が生まれたら何て名前をつける?」→ヘレナ、「男の子なら?」→(質問に食いぎみで)殺すわ、という闇の深さが超クール。施設から家族に電話したところ、実は家族全員が心配していて、会いたがる家族にたいして、「姉には会ってもよい」と返答。いざ姉に会うと大号泣で、母親に会っても大号泣。結局、家族が理解してくれないと絶望していたのは自分の勝手な思い込みだったの?と思うくらいの変容。「夢は?」と再び問うと、生きることに変わっていた。この少女の憂いを帯びた笑みがとにかく印象的で、絵になる子だった。
ほかにもいろいろな子がいて、自分に売春をさせて、その金でクスリを買う父親を殺した子もいた。母と姉と合意の上で殺した。殺していなければ自分が家を出て、クスリに染まっていたという。クスリが憎いという感じじゃなくて、どうせ自分もいつかクスリに蝕まれるんでしょといった感じ。ちなみに黒いキャンディーといえば阿片を指すらしい。
クスリを買うために窃盗をした子や、あだ名の由来が逮捕されたときに所持していたクスリのグラム数「651」と呼ばれる子がいたり、イランは薬物が容易に手に入るような印象を受けた。子持ちの入所者には夫が面会に来ていたが、いかにも軽薄でバカそうだった。この子が施設に入ったのは、夫が飲酒運転をしてバイクで大ケガをして、その入院費用を得るために強盗したから。
施設職員の対応がひどくて面白かった。このまま退所しても元の苦しい生活に戻るだけだと少女が伝えても、「ここの外の生活には私たちに責任はありません」といかにもお役所的な対応。家族が虐待していると伝えても「そうはいっても、家族はあなたを愛しているはずだ」と、健全な家族で育った人が培った「家族素晴らしい教」を押し付けたり。
宗教家か学者かよくわからない中年男性が施設に来て「今日は人権の話をしよう」と言う。少女らはあまりにも直球の質問をぶつけるが、回答に救いはない。「なぜ同じ犯罪でも男女で罪の重さが違うのか」→無回答、「子が親を殺したら重罪だが、親が子を殺したら何の罪もない」→罪もないどころか、褒められさえする(本当にそう回答している)。「父親が死別し、母親だけの家庭で育ったが、教師から『そういう家庭環境なら、あなたが問題ある人間なのは当たり前だ』と言われた。片親で生まれたのが問題なのか。私が生まれたのが問題なのか?」という少女の質問はあまりに悲痛。この質問への回答は、「そうはいっても、社会の安定・平静を保つ義務がある(つまり我慢しろ)」というもの。このシーンに、イスラム社会の倫理観が、西洋社会のそれと決定的に異なることに気づかされた。
また、親からの虐待・片親などは日本でも見られるものだが、イスラム社会では「親や男性は絶対。子や女性は黙って従うべき」という、女性であり、子供であることの救いのなさが上乗せされる。また、神への祈りが日常化している中、祈っても状況が良くならないという構図が絶望を強化している。ただ、比較的宗教色が薄く、祈りが日常にない日本で、同じ状況で苦しむ少女に救いが用意されているかというとそうでもないと思う。
最後は、施設で年越しするシーン。施設内を飾り付けし、ダンスミュージックをかけてみんなで踊るシーンで終了。イスラム教徒でもダンスパーティーするよ。イスラムでもパリピいるよ。イスラミックパリピ。ムスリムパリピ。
その他記憶しているシーン。雪合戦(イランも雪が降る)。ペルシャ絨毯の洗濯(丸めてみんなで担いで運び、屋外の広いスペースに広げ、洗剤をまぶし、モップやたわしでゴシゴシこすり、水で流す。短く畳みながら、畳むたびに上から踏んで脱水する。)。バレーボール。腕捲りして肌を出していた。金髪の人形で髪を結う遊びもする。イスラム教では女性は髪を隠さないといけないけど。施設にあるテレビが薄型の液晶テレビだったり、流れる音楽がEDMだったり、意外と近代的。