シン・ウルトラマンのレビュー・感想・評価
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娯楽映画の佳作
自分は、初代ウルトラマンはしっかりファン。
しかしウルトラシリーズのファンではない程度。
頭を空っぽ付近にして観る痛快娯楽映画としては4.0。
脚本的な迫真性や、初代ウルトラマンとの比較ありなら3.5。
どちらにせよ、自分としては、娯楽映画としてもリアリティ映画としてもきびしい出来に見えた「シン・ゴジラ」よりは面白く観られた。
以下、長文にて指摘。
なお、あえて一般的になった旧語を用いる。
<よかった点>
初代ウルトラマンのリビルドが、2022年の映像技術で観られたのは嬉しい。
怪獣や怪人との戦闘は大迫力で、興奮した。
<イマイチだった点>
●ひとつの映画として
・脚本
効果的に繋がっていないと感じる要素が多い。
作戦立案担当官神永(中身はウルトラマン)と分析官浅見は「バディ」を組むことになるが、絆が深まるような段取りがなく、シーンごとに信頼と失望を繰り返すような「制作側の、ご都合言葉としてのバディ」で突き進む。実際、浅見よりも神永の元同僚の方がいつの間にか早く信頼関係が築かれているなどの迷走感がある。
中盤は善のふりをして政府に近づき人類抹殺を狙うザラブ、善のふりをして政府に近づき人類の兵器在庫化を狙うメフィラスが続くが、敵としてスケールアップしているものの直感的には伝わりづらく、中盤同じようなエピソードが繰り返されている印象を持つ人は多いだろう。
結局、メフィラスに人類巨大化装置を返しても「巨大化できる可能性があるので滅ぼす」と決めているゾフィーがいた(浅見が巨大化した時点でこの理論が成立する)ので、メフィラスとの戦いは無意味だった。また、ウルトラマンはゾフィーが現われなければメフィラスに負けていたような描写をされており、ゾフィーに助けられたものの今度はゾフィーがゼットンで太陽系破壊に動くので、茶番に付き合わされている内容になってしまっている。ゼットンはウルトラマンの命と引き換え+人の力で撃退できるが、それだけのことで都合よくゾフィーが心を変えてくれて束の間の平和という結末。後半は茶番的な内容が続いてしまっている。また、作中で描かれたのは「ウルトラマンと科特隊の絆」であり、人間神永と科捜隊の絆が描かれていないから、ラストシーンで「人間の神永」が復活しても、科特隊の面々が手放しで喜ぶとは思えない。新たな怪獣・怪人たちの飛来もゾフィーから示唆されているので、かなり絶望的な状況に思える……という風に、諸々においてうまく流れていない。
なぜ地球1つ潰すために太陽系を消滅させるほどの火球を長々とチャージしてくれるのか、神永のUSBメモリを船緑はなぜ数時間~数日放置していたのか、なぜその解析を待たずにゼットンとの一戦目に向かったのか……などは、「クライマックスを作るため」以外の理由がない(作中世界でのリアリティで考えれば変であり、製作サイドの理由しかない)ので、シンプルに雑。
最後の敵が「太陽系を一射で破壊する宇宙要塞」というのも、盛り上がらないと感じた。様々な作品で大ボスやラスボスを「とにかく大きな敵、言葉上スケールの大きいことをしようとする敵」にしたがるが、「同じぐらいの大きさの人型」より盛り上がる要素がないことは、わかってほしい。
また、光の国が恐るべき思想と約定のもとに宇宙活動をしている組織と発覚するが、そうであるとウルトラマンがなぜここまで地球人に肩入れするようになったのかという点において、遡及して疑問が残る。「弱者をかばって死ぬ生物を、知りたかったから」らしいが、今まで他の星でそのようなことはなかったのだろうかと疑問に思い、没入感を損なった。
・演出
特に後半手前まで顕著だが、浅見に対してなかなか濃い趣味のセクシャルさを感じるシーンが多い。人間が生来的に持つ身体的な美をモチーフにしているのかと思えば、男性や同じ女性である船緑に対してはそういう撮り方がないので、意味不明というか、制作側の下品な趣味要素を見せられたように感じる。そして、そう思えるほどそのやネタが頻度が多い。本筋や映像演出として効果的に絡んでいる要素ではないので、ノイズと感じた。脚本的には尺が足りていない状態なので、浅見の背後を映し続ける登場シーンをあそこまで長々と入れたのは趣味を優先したミスに思う。
●初代ウルトラマンと比較して
初代の脚本や演出をパロディしていた要素は当然に理解する。
しかし、いくらマルチバース世界観?とはいえ、残念に思うアレンジがあった。
・ゼットン
前述の通り、持ち運び可能な、太陽系消滅の超巨大砲台ユニットとなってしまった。
殲滅力は(空想科学読本も踏襲して)スケールアップしたが、初代最終話のゼットンの恐怖感と比べて「怖さ・絶望感」があったかというと、かなり落ちてしまっている。つまり「設定上のもっとすごいものを作ったが、映画上でははるかに弱く見えている」という、55年前の脚本・映像に対する敗北が起きている。
・光の国
各ウルトラマンの故郷だが、本作では「地球人はいずれ自分たちに並ぶ存在になる可能性があるから、大事を取って殲滅することにした」「1億何千万ある、生命を抱える星の1つが消えるだけだ、何も問題はない」という、メフィラスの方がまだ理性的という超理論をぶつけてくる。将来有望な新人がいるから、とりあえず抹殺しておこうという理念で動いているらしいのだ。善悪の段階でわかり合えないのもつらいが、とにかく器の小ささにがっかりする。これだけは、忘れたい出来事。
・結局ウルトラマンの力で勝ったラスト
初代では、ウルトラマンが敗れ、科特隊(人間)がそのゼットンを倒すという結末だった。いわゆる人類の親離れ、独立を描く結末が美しかったと感じている。
しかし本作では、人類も希望を捨てず頑張る展開があるものの、それでなお最終的な決め手はウルトラマン頼みである。外来星人(わかりあうのが困難な相手)と人間の相互理解・共闘による勝利、というテーマに変えたとも見られるが……自分としては、初代のテーマ性の方が好きだった。これは、好みの問題でしかないと自覚する。
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以上となる。
戦闘シーンを楽しみに観る娯楽作と思えば、不満は薄い。
なので、観て後悔したというようなことはまったくない。
光の国の設定が残念すぎるので、このシリーズで続編が出たときに観るかどうかは考えどころ。
昔見た懐かしい雰囲気をキープしつつ、設定を現代にしたような感じでし...
昔見た懐かしい雰囲気をキープしつつ、設定を現代にしたような感じでしょうか。途中眠くなってしまいましたが、長澤まさみに救われました。
昭和の特撮のリバイバル版
ウルトラマンシリーズは子供のころに再放送がテレビに映った時に少し見たことがある程度で記号的にウルトラマンを知っているぐらいの知識です。
面白かったけど、合わなかったであろう人もいるだろうなあって感じでした。
2時間の映画を一本というより30分番組が4つって感じの構成で特撮を見に行った人なら満足だっただろうし、映画として見に行った人なら肩透かしだったのかなあと。
悪役たちが個性的で不気味なザラブ星人、どこか憎めないメフィラス星人、無慈悲な破壊そのものなゼットンといいラインナップだったんですが、逆に主人公含む禍特隊が記号的な感じで面白くなかったり、ウルトラマンが戦闘中にヘヤッとかデュワッとかも言わずに一切無言で黙々と戦うだけなので、掘り下げ不足もあいまって正義を実行するだけの機械にしか見えないんですよね。
魅力が悪役>>>味方な感じでした。
ウルトラマンが朴念仁すぎて単体では面白くなかったけどメフィラス星人の山本耕史の怪演がドはまりしていて共演するシーンが面白かったから、それはそれで良かったのかな?
手放しには褒められないけど十分楽しかったと思います
人間らしいウルトラマン
はじめはどういう展開なんだろうと思った。画像は古く子供の時に見た怪獣映画かと。
ストーリーがどうだとか難しいことはわからないけど、エンドで流れた米津玄師の歌を聴いた時、ハッとした。
昔見たウルトラマンには心の温かさを感じていたけれど、それがなぜなのかようやく気づいた。
限りなく人の心に寄り添うウルトラマンだったんだなあ…。
私は斎藤工さんのファンなので、彼のインタビューを読んで興味が湧いて観たクチだけど、帰りの車で米津氏の曲をエンドレスで流しながら、観てよかったなあと思い、夕日が輝く当たり前の景色が尊く思えて、泣きながら帰るくらい余韻に浸った。
帰宅後家族に感想を話しながらまた泣いて、「怪獣映画でそんなに感動する?」と半ば呆れられてしまった。
ダイジェストでお届け
良いところ
怪獣との決戦シーンはVFX含め、見応えあり。
ジャイアントスイングや地球外へ怪獣を抱え込んでの飛行シーンなど、ウルトラマンへの愛情がたっぷり感じられる。
それでいて現代のVFXならではの、挑戦的なカメラアングル、光線のリアル感などと相俟って、シンゴジラからの庵野特撮シリーズは魅力的に写る。
その一方で、残念なところ
科学特捜隊の会話シーンは、絵コンテ切ってないんじゃ?と思われるような、カメラの台数頼りの平凡な画づくりが多かった。閉塞感のある会議室シーンは、開放的な戦闘シーンとの対比と考えるのは良心的な見方か?
早見あかりとジャニーズの子の演技が残念。
2人とも、なまじっか存在感があるだけに
あくまでも脇役の落ち着いた演技にして欲しかった。
脚本全体としては、いわゆるウルトラマンの社会性やテーマをうまく盛り込んでいる印象であったが、1作にまとめるにはいかんせん無理があった。
怪獣との対決シーンに見られるような、ウルトラマン独特の間、「静から動」「動から静」への転換
が乏しく、急ぎ足の編集になっているのは否めず
シリーズ化するのが吉だったのでは?
あ、それとウルトラマンが何も発声しないのはなぁ。
シュワッチ。
所々にある違和感と安心感
おもしろかったです。
おもしろかったですが、庵野さんの作品が好きな比率より、ウルトラマンが好きな比率が大きいために起きる違和感(特にウルトラマンのフォルムと動き)が最後まで付きまといました。
所々の音楽は聞きなれたものが飛び込んできて、嬉しかったです。
庵野の愛が詰まってる
ホントに好きな人が作った映画を見るのはいいねー
登場怪獣、星人、音響で掴んで離さない
あとはシンゴジラよろしく政治の取り扱いでリアリティを持たせる
好きじゃなくても普通に面白いし好きならより面白い
音楽へのリスペクト、序盤の特撮へのリスペクト
いやー面白かった
ラストが・・・。
現在まで2回鑑賞済み。やはり最低2回は見ないと理解できなかった。限られた尺で始まりから終りまでを描いていること、つまり一本の作品としてまとめていることはまあまあ評価できるにしても、やはりラストのゼットン戦にはかなりゲンナリした。
一兆度の火球を放つとか劇中に説明していたが、それなら宇宙空間(衛星軌道上?)でなくとも、地上で堂々と姿を現して、ウルトラマンが果敢に独りで戦う姿を描くべきだったのではと疑問に思った。
それにより、地上の人類が「独りのガイセイジン」が、地球や人類のためにここまで戦ってくれているという共感や感心が生まれ、最後の最後にウルトラマンが復活して、人類と共闘してゼットンを倒すとかにしないと何も感動もあったもんじゃなかったと思う。
このラストって、いわばトップをねらえやエヴァを意識しているでしょ?間違いなく。このラストだけはなんだか好き勝手に描きたかったという製作者側の意図を感じたよ。
あと、過去ウルトラQ~ウルトラセブンの第一次ウルトラブーム作品の随所を、この映画にところどころ盛り込んでいるので、仮にシン・ウルトラセブンなるものを作ることになったとしたら、とんでもなく大きいハードルが待ち受けていることだろう。まあ前提とかの設定をいじくればクリアできちゃうかもだが、安易に変えて良いものでもないだろうなとも思う。
ちょっと不思議な感覚
「はぁ‥‥映画見たなぁ‥」
という余韻みたいなものを感じなかった。
駆け足の展開も、「え?わかんない!」てほど
説明不足でもないし想像が全くおよばないわけでもないので、賛否あるかもですが自分は小気味良いくらいでしたが‥
日本なの?日本だよねってくらい、舞台を身近に感じられなかったというか‥
どこかで行われてる何か、という、疎外感みたいなものを感じながら話に入りきれず。
でも、ところどころで、なんか心の奥の方を揺さぶられるような感覚になる瞬間があって、何に対してかわからないけど涙が出たシーンもある。
レビューを書いておきながら、自分の語彙力ではこの不思議な感覚は表現出来ないことに気がつきました。言語化出来てる方達は凄いです。
「ここのこれがこう!」て映画じゃなかったです。自分にとっては。
懐かしいけど新しい
TVシリーズのオマージュをふんだんに感じるものの、何故か新しい。
棒状の飛行体型とか、それが風車のように回る様とか、スーツのシワとかマスクのバリとか。予算上の都合か当時の精一杯の結果なのかは判断しかねるが、それら全てを必然として肯定したような本作。
見応えと問われれば答えに詰まりもするが、色々と感慨深かった。
既出の作品だけに期待値なんてものもあるのだが、そもそも「ウルトラマン」とは何だったのか?そんな事にまで言及してる脚本に思う。もとより当時は小学生くらいなので小難しい事は考えてもいなかったろう。
大人になって、当時のヒーローを再考し楽しむ為の裏付けのようなものがいっぱい描かれてた。
コレはウルトラマンであって、ウルトラマンではない。そんな感想をも抱く。
とはいえ、カメラも特撮技術も進化を遂げて当時では考えられないような…いや、考えついたとしても実現できないようなカットが多数ある。オリジナルのスタッフはこの作品を見て「コレコレ!」と歓喜するのであろうか?
印象的なのは庵野カットの存在感だ。
アニメ、主にはエヴァなのだけれど、ちょいと見慣れないアングルがやたらに挿入されてくる。なのだが…そのカットと芝居がシンクロするわけでもなく戸惑う観客も多いのだろうと思う。だが、これが庵野作品なのであろう。監督故の特色と言っていいのかもしれない。
物語は大人が見て楽しめるウルトラマンだったと思う。メフィラスの立ち位置とか絶妙で…なんか2つ名があって宇宙一の策士とかそんなんだったと思うのだけど、ウルトラマン怪獣大百科とか読んでもピンとこなかった。なのだが、本作ではなるほど、と唸る。彼による世界観の説明もとてもスムーズで、好印象。怪獣の生い立ちや何故地球が狙われるのか、とか。
気になるのは多用される「マルチバース」
…マーベルのソレと同一のものなのであろうか?いや、まさか、さすがにそんな事は起こらないとも思うのだけど、冒頭のタイトルの前に提示される「シン・ゴジラ」なんらかの関係性を想起させられる。
ウルトラマンのデザインも怪獣の造形も大好きだ。
怪獣は現代よりにブラッシュアップされてはいるものの、当時とほぼ変わらないウルトラマン。
とても、とても、素敵なのである。
simple is Bestとでも言おうか、普遍性さえ感じてしまう。
普遍性と言えば音楽もそうだ。
当時を想起させるカットの存在感も含め、実に世界観を雄弁に語ってくれる。
融合と言えばいいのか、その辺りはシン・ゴジラの時よりも成功に近かったように思う。
ゼットンまでを見事にまとめた本作。
単発になるのか、前振りになるのかは分からないけれど、50越えたオッサンが楽しめる空想特撮映画であった。
あれ?元は空想科学小説じゃなかったっけ?
ウルトラQとごっちゃになってるのかな?
■追記
色々なレビューを読んでふと思う。
CGのモーションが良くないとかあるのだけれど、コレが正解はないのではないかと思う。
怪獣も宇宙人も見た事ないだろ?
人間がスーツを着て宇宙人にならざるをえなかった時代とは違うので、どんな動きをしようと「人間」を基本に比較する必要はないと思う。
関節がなかったりしても不思議じゃないよ。
突如4本腕になっても、地球外の生態系なのだから、否定のしようがない。
人間とは違う機能を有しているのだから。
■追記2
あっさり終わったラストカットについて、ふと思い立った事がある。
あのラストカットを俺は「妙な終わり方するなぁ」と疑問に思ってた。で、何故アレだったんだろうと。
神永の目線ではあるものの、神永を通した観客の目線なのかと思い…ウルトラマンは貴方の心の中にもいるよ、とか。神永は貴方だったんだよ、とか。
崇高な意志を持つ生命体の断片を人類全てで分かち合う、というようなメッセージであるならば、あのラストカットにも合点がいくなぁと。
ふと、そんな事を思いたった。
ウルトラマンと怪獣が戦う映画だろ!
面倒くさい描写が多すぎる。
変な当て字も面倒くさい。
怪獣は怪獣!
宇宙人は宇宙人!
科特隊は科特隊!
エヴァンゲリオンの焼き直しのようなメフィラス星人。
宇宙人との交渉してるんじゃないよ。
樋口監督は退化してる。
平成ガメラシリーズで回を重ねるごとに良くなってきて、先々を期待してたのに残念でならない。
企画賞、差し上げます。
もうストーリーがどうのこうのではなくて、子どもの頃に夢中だったウルトラマンと巨大怪獣にワクワクしっぱなしでした。
プラス巨大長澤まさみさんにも萌え萌えでした。真下から見上げてみたいと思ったのは僕だけではないはず(こういう演出はセクハラっていうのかしら。気分害された方がいたらゴメンなさい)。
外星人同士が居酒屋で会談や、難しい言葉を良く知ってる外星人などコメディっぽいところも楽しかったです。
子供の頃にみたウルトラマンでした
懐かしさとレビューのよさにひかれ鑑賞しました。
ウルトラマンを語るには私なんぞはとてもとても恐れおおくて…
昭和のウルトラマンシリーズをみていました。強くてやさしいヒーローでした。
令和のウルトラマンも地球を守るヒーローで満足です。ウルトラマンは昭和から日本の特撮文化ですね。アニメやCGが進化してもなくなってほしくないですね。
ゾフィーで思い出し余韻にひたりネットでウルトラ兄弟を調べたら兄弟といえ、兄弟ではないことを今さら知りおどろきました…続編制作希望です。
懐かしいウルトラマンに庵野さん
凄いと思ったよ!戦闘シーン!
よく庵野さんオリジナリティ交えての怪獣を描けて戦わせたなって!
また最新のCGとか加えることなく昔ながらのウルトラマンの良さを残して映像化したのは素晴らしいと思った!
ただ、シンゴジラと同じ感じでとりあえずセリフが多くて中々内容が頭に入ってこなかった笑
今回のストーリーはわかりやすかったからまだ良かったけどこれでシンウルトラマンも終わりなんだなって最後思えたよぉー。
私が気に入ったのは戦闘シーンのBGMとバトルシーンとりあえず戦闘シーンだけあればよかったくらいの勢い笑
すいません。
でもみんな演技上手でした!
長澤まさみちゃんさすがです!
みんなには勧められる映画なのは間違いないです!
駄作・ウルトラマンに罪は無いので★2にしときます…
単純に昔からウルトラマン好きな人が見るならそこそこ懐かしさもあり時間つぶしにはいいのか。
内容的には昔のテレビ版のウルトラマンシリーズの少しダークな感じを抜き取ったポップな感じに流れ、展開は王道。
それを踏まえた上で、今回の作品が高評価が多いのに違和感。
まず【友情】がテーマとあるがまあ~薄っぺらい友情劇。
とにかく長澤まさみのキャスティングでは無くてあの立ち位置の存在が要らない。
ぽっと出の【バディ】が何故、あるシーンでビンタをしたり泣いたりと。
そこまでに至る関係性も表現が浅く短く、その短期間であそこまで感情的になれるものなのか。
これが友情??
と思ってしまった。
何十年も連れ添ったバディで、その上で真実を知ったりしてとかならまだ良かったものの、互いに友情を育むシーンもほぼ無く、急にお互いを信用し合うような急激な設定に、その辺が気になりだしてからは後半は見るも絶えなかった。
また、ゾフィーの声が山寺宏一でまたかよと。
あれぐらいの登場シーンしかないのなら、昔のようなもっと電波的というか機械的な声優などを起用して欲しかった。
更にそのゾフィーでさえ地球を滅ぼそうとしたのに、ちょっと人間の意識を共有したウルトラマンが頑張っただけで手のひら返し。
お、おう・・・て感じでした。
これに関して高評価している人達は、激安な表現で満足出来て羨ましいなとも思います。
庵野が関わったんだから間違いない!
そんな薄っぺらい庵野信者には高評でしょうか。
村上春樹を崇拝している【ハルキスト】みたく
◆村上春樹を読んでる俺、私カッコイイ◆
と自己陶酔型の人間には楽しめる作品だと思います。
興行を成功させて収入を得ないといけないのは分かりますが、いつまでもくだらないキャスティングばかりしないで、無名でも才能ある人間をキャスティングしていい映画を作って貰いたいと共に、円谷プロ単体で他の手を借りずにシン・ウルトラマンを制作してTVシリーズ等にして欲しかったです。
あくまでも個人的な感想ですが、ありがとうございました。
「温故知新」私の好きな言葉です
2022年映画館鑑賞20作品目
5月22日(日)イオンシネマ石巻
ポイント使い1800円から1400円
監督は『ローレライ』『日本沈没(2006)』『隠し砦の三悪人(2008)』『のぼうの城』『巨神兵東京に現わる』『進撃の巨人』二部作『シン・ゴジラ』の樋口真嗣
脚本は『トップをねらえ!』『式日』『キューティーハニー(2004)』『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ『シン・ゴジラ』の庵野秀明
1966年にTBSで放送された子供向け特撮ヒーローもの『ウルトラマン』をモチーフにした似て非なる別物
時代は現代
日本にだけ次々に現れる「禍威獣」に対応するため「防災庁」に結成された「禍威獣特設対策室専従班」
天から突然現れた巨人
腕から放つ光線で禍威獣退治
名づけて「ウルトラマン」
ザラブにメフィラスそしてゾーフィ
次々に現れウルトラマンとコンタクトをとる外星人
ゾーフィが地球人を絶滅するために持ち込んだロボット型最終兵器ゼットンとの最後の戦いに挑むウルトラマン
66年では到底できないことが表現できた
66年の存命スタッフは鑑賞したら喜んでくれただろう
CGは日本映画くらいが丁度よい
ハリウッドは得意げで嫌味でくど過ぎる
CGはあくまで補助でありメインではない
昨今のハリウッド作品の多くは社会的テーマがいちいちうるさくマーベルヒーローものはただただ陰湿でうんざりだが日本映画『シン・ウルトラマン』にはそれがない
日本が作らないから作ったという『パシフィックリム』に対する日本なりの応え
庵野秀明らのウルトラマンならびに円谷英二に対するリスペクトはヒシヒシと感じる
ゴジラと違いウルトラマンは元が連ドラなので一本の映画としてまとめるには無理があり詰め込みすぎも覚悟したが思ったほどじゃなかった
むしろ約2時間でよくまとめた感はある
不満があるならそれぞれの夢の中で補足すれば良い
有能なら脚本を円谷プロに持ち込めば良い
庵野や樋口を叩くのは言論の自由という名のお門違いだ
女子供には向いていない
大抵のつまらない女はウルトラマンに興味ないだろうしインテリの寄せ集め「専従班」のやりとりは子供には難解だ
たしかに難しい面もあるがこの世界観の雰囲気を楽しめば良い
幼い息子に質問されうまく答えられずパパの面目丸潰れだがそれは仕方がない
そのうち発売されるだろうDVDに日本語字幕をつけて鑑賞すればわからないことがわかってくるはず
66年のウルトラマンに対する思いが強すぎる人も向いていない
頑固なまでにそっくりそのままの設定を求めがちな人が多いからだ
ウルトラマンと邦画がそこそこ好きで娯楽映画の細かいところを気にせず粗探しに躍起ならない穏健派が向いている
ウルトラマンはもちろんのことレオまでリアルタイムでは観たことがなく再放送とDVDだけの自分
リアルタイムで観たのは『ザ・ウルトラマン』と『ウルトラマン80』くらい
あとのウルトラマンシリーズあまり観ておらずとんねるずが出ていたゼアスくらいか
ウルトラマンの科学特捜隊と違い専従班はあくまで制服の官僚であり特殊な飛行機に乗って怪獣に攻撃を加えない
指揮を取るが実際に武器を使用するのは自衛隊だ
冒頭の禍威獣紹介はあまりにも矢継ぎ早だ
あと5分くらいかけてもうちょっとじっくりやっても良かった
わりと早い段階でウルトラマンの人間体がバレてしまう
浅見は自分の尻を叩く癖がある
相撲取りが取り組み前に体のあちこちを叩くのと一緒で気合を入れるためだろう
観る人によってはエロく感じるようだが自分は全くそんな風に思えなかった
あの程度が助平なら生理用品のCMでも性的興奮するのだろうか
長澤まさみは巨大化もするがローアングルなのにスカートの中のパンツは見えることはなかった
それを思うとやっぱりウルトラマンレオにレギュラー出演していた子役時代の富永み〜なはパンツ見せすぎだと思う
警察庁公安部から出港した専従班作戦立案担当官・神永新二に斎藤工
ウルトラマン(リピア)の声に高橋一生
公安調査庁より出向した専従班分析官・浅見弘子に長澤まさみ
専従班の非粒子物理学者・滝明久に有岡大貴
文科省から出向した専従班の凡用生物学者・船縁由美に早見あかり
防衛省防衛政策局から出向した禍特対専従班の班長・田村君男に西島秀俊
禍特対室長・宗像龍彦に田中哲司
ゾーフィの声に山寺宏一
ザラブの声に津田健次郎
メフィラスに山本耕史
防災大臣・小室肇に岩松了
内閣総理大臣・大隈泰司に嶋田久作
防衛大臣・狩場邦彦に益岡徹
外務大臣・中西誠一に山崎一
政府の男に竹野内豊
内閣官房長官に堀内正美
首相補佐官に利重剛
陸自戦闘団長・早坂に長塚圭史
警察庁警備局公安課・加賀美に和田聰宏
エンドロールは普通
おまけなし
陽の存在のウルトラマン 陰の存在のゴジラ
人間社会の陰の部分を描いたのがゴジラなら、陽の部分を描いたのがウルトラマンである。
それはウルトラマンが、映画館に行かなくても毎週特撮を子供達に楽しんで欲しいという純粋な動機で創られたことからも伺える。
人間の陽の部分の象徴として、隊員は底抜けに明るく前向きで、命懸けで体を張って怪獣と闘う。
純粋無垢で常識に縛られない子供達が宇宙人であるウルトラマンと人間の、心の交流の橋渡しをする。
命懸けで地球を守る大人、即ち勇気と純粋な子供の心、即ち愛があって初めて、勇気と愛の化身であるウルトラマンとの友情=契約が成立するのである。
ウルトラマンが毎週泥まみれになって、表面がボロボロになっても闘うのは、人間の心意気を高く買っているからだ。
さて本作はどうか。
ディテールだけに拘り過ぎたのと対象年齢を無理に引き上げたので、子供達の存在が忘れられている。
大人も会議室や作戦室で会議しているばかりで現場で身体を張らない。
よって勇気と愛の象徴が無くなってしまい、
ウルトラマンがどうして地球を守るのか、分からなくなってしまった。
こうなってしまうと、後に残るのはウルトラマンのような何かしかない。
ウルトラマンは隊員達の身体を張った勇気を見て、人とは何かを直感で理解するべきなのに、なぜかよくわからない本をわざわざ読む。
大人達の命懸けの作戦も少なく、逆にウルトラマンの足を引っ張るような打算めいた政治駆け引きばかり。
僕がウルトラマンなら、メフィラス星人の人類を巨人兵器化しようという誘いにうん、その通りだ、自分勝手でウルトラマン任せな人類は守る価値なし(最終回)となってしまうだろう。
宇宙人交流ものなら例えばETは本当に良く出来ていて、ETと友達になりたいと誰もが自然に考えるように誘導してくれる。
一方で本作はドラクエ同様、何の選択肢を選ぼうが最後の結末は同じという強引さが目立つ。
そういうわけで残す期待は特撮パートになるが、ここも期待はずれ。
前半の怪獣の動きはシンゴジラの幼生のコピペ。
震えながら小刻みに動く表現は既視感が強い。
後半の宇宙人戦は予算か制作時間不足なのか、ふわふわと空中戦が増え、重量感がなくなり、これは…エヴァ?となり、メフィラス星人のデザインでその疑念は確証に変わる。
最後のゼットンはとうとう予算切れか大きいだけで動かない。というよりスケール的にも、機能的にも、退治プロセスも、どう考えてもスターウォーズのデススターそのものである。見てない人を探す方が難しい映画だからこれまで以上に既視感やばし。同じならスターウォーズのデススター戦のほうが何十年前の映画ではあるが迫力やスピード感も段違い。
このようなつまらないありきたりな形でゼットンを出すなら、メフィラス星人に尺を取って、ここをクライマックスにすると映画としての収まりや満足感が上がったと思う。
最後にウルトラマンの表現について、CGになった結果、生き物的な生々しさが抜け落ちてしまった。ラテックスの表面のシワには妙に拘っているのに、土埃や意図せず発生したくたびれた感がなく、必死に闘っているように見えない。旧ウルトラマンの特徴である取っ組み合いや寝技中心の総合格闘技のような泥臭いストロングスタイルは少なく、すぐに光線に頼る安っぽい演出。
旧作は思った攻撃が効かないとウルトラマンはめっちゃ焦るように中の人が演技しているのだが、今作はそれが全く無く、無生物感が強い。演出と言ったらそれまでだが…それでは人間と融合した設定の意味がないではないか。やっぱりスーツアクターは欲しい。
最後に怪獣や宇宙人のチョイスも今一だった。
ネロンガとガボラはどちらも四足怪獣で動きが同じ。ザラブとメフィラスは強敵過ぎて最後のゼットンの強敵感が薄まる上に、体躯が似ているから同じアクションに成りがち。
ゼットンは先述の通り、様式美崩しで初めて成立する怪獣だから、前にあまり強敵を置くと、ウルトラマンが常にピンチになってしまい、ゼットンの絶望感が消え失せる。
こう考えると個人的に出して欲しかった怪獣はピグモン、ゴモラ、ペスター。
ピグモンは子供達との友好の象徴として欲しいし、ゴモラは二足怪獣かつ地底怪獣で夜間に出る怪獣なので演出に幅が出せそう。
ペスターは形が面白いからCGで動かすとどうなるのか凄く興味がある。
もっとシンプルにメフィラス星人のストーリーを主軸に、科特隊は素直に自衛隊や警察上がりの熱い現場組織にして、過去に倒した怪獣を活用する等、適当な設定で架空兵器もほどほどに出し、子供達との交流を増やせば、筋が通ってワクワクする映画になったのではなかろうか。
シンゴジラ、エヴァンゲリオンの成功で、予算も時間も取れたはずなのでなおさら一層惜しい映画。
シンゴジラの成功体験がウルトラマンとゴジラが対極の存在であることを忘れ、同じアプローチで作ってしまった…そんな気がしてならない。
前半はウルトラマン、後半は庵野監督
前半は正直つまらなかった。
ウルトラマンも人形っぽいし、淡々とドラマもないし。色違いのエヴァンゲリオンにしか見えないし。
シン・ゴジラと比べると比較にならないかと。
後半になって急に庵野ワールド全開。なるほど、みんなが知ってるウルトラマンをこう解釈するのかと納得。
前半は、おもちゃ見ないだなと思っていましたが、後半のVFXはかっこいい!
思えば、前半は子供向けの世界、後半は大人向けの世界なのだろうと。
前半が人形劇っぽいのもわざとなのかも知れないと思いました。
エヴァンゲリオンもシン・ゴジラも観たことがない友人はポカンとしていましたが、これぞ庵野映画だと思いました。
シン・ゴジラより大人向けになったかな、、、シンカメンライダーら大丈夫かな、、、
最後の戦いが物足りない
現代に置き換えたら、どうなるかを細かく描いています。映画前の宣伝で、シン、仮面ライダーがありました。このシン○○シリーズは、この後も続きそうです。
話を戻して、最後の戦いは、時間の為かまたは予算の関係か、とにかく簡単に終わってしまった。この辺りは、ちょっと寂しかった。
あと、光の国の方は、地球人の味方だと思っていましたが、法律はそうでは無いようです。残念です。
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