シン・ウルトラマンのレビュー・感想・評価
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この星の生命体は、命を賭すほどの価値があるのか、ウルトラマン?
かいじゅうは怪獣でなく"禍威獣"と書く。かとくたいは科特隊(科学特捜隊)ではなく"禍特対(禍威獣特設対策室専従班)"と書く。TV版に寄せているのかもじっているだけのか、よくわからないが、諸々、非現実的なSF話を、日本政府や自衛隊を出してきて現実的な設定に置き換えているのが、なんかまじめのようで、コメディのようでもいて、好感でしかない。それに、「なぜか我が国にだけしか出没しない」とか「アプリで言語変換している」とか「(飛んで行ったウルトラマンは)中空で消えた」とか、ぼくらが子供の頃、みんなで粗さがしをしてたことをちゃんと解決してくれている。しかも、名だたる役者たちがまたぞろ出まくっていて、しかも大真面目な顔をして(演技なのだから当然なのだが)、カイジュウ、カイジュウ、と慌てふためき、こちらの熱を冷めさせない。禍特対のメンバーも、メフィラスも、政府高官たちも、結構早口でまくし立てるので、半分以上なに言っているかわからないけど、一般人にはわからないことを議論しているって空気がわかればいいんだろう。そして、それぞれにはそれぞれの大義があり、思惑もある。その中でウルトラマンは、まるで、知らない土地に来たにも関わらず言葉少なに任侠の筋を通して弱い立場に肩入れする木枯し紋次郎のように、自己犠牲も厭わず、黙して戦い、そして何も求めず去っていく。多少の無茶があったとしても、結局、こういう話に弱いのよ。なんだか、自分でも何言ってるかわかんなくなってるけど、この話自体がなんだかわかんない話なので、ちょうどいいか。
追記
どこかで感じていた記憶のある既視感は、そうだデビルマンだ。いいのかこんな奴らのためにと問われる主人公。おそらくデビルマンのラストをそのまま移植しても成立しそうだわ。神永にとっては悲しい結末になるだろうけど。
細マッチョウルトラマン
もう一度、「カッコいい」ということを確かめる
いくつものコンテンツを経て大人になった。
ウルトラマンはそんなミームのひとつ。
どっぷりハマった期間があった。
当時、ウルトラマンに夢中になり
何度も何度も地球を救う「ごっこ」に興じた。
やがてウルトラマンから離れた私は現在40歳。
これまで新シリーズをチラ見することはあったが
楽しめるものでは無かった。
当然のように子供向けに作られていて
ウルトラマンは男の子が通過する点のような作品だと
思うようになっていた。
しかし、本作を通して再び熱が蘇った。
素直にカッコいいと思えた。
何より脚本が素晴らしかった。
大人が興醒めしてしまいがちな
欠落していた設定は緻密に補完されていた。
ウルトラ怪獣を見事に配置した地球を救う物語は
完成度が高く
アニメ作品を具現化したような特捜隊のキャラクターは
オタク心をくすぐるエンタメ要素として充分機能していた。
その結果、
ちゃんとウルトラマンなのに
ちゃんと大人が見ても楽しめた。
余談ではあるが見る前は全く期待していなかった
シン仮面ライダーに期待が持てた。
オープニングのワクワク感
オープニングで多数の怪獣のシーンが出てくるのがすごく興奮した。
現代の技術で再現するからもう最高!
しかし、本編に入るとザラブ星人、メフィラス星人と星人ばかりの対決は見てて物足りなく、ガボラに至っては先端がドリルになっていて地中に潜れると言うもう怪獣ではないと心中では叫んでしまった。
ゼットンももはや怪獣ではなく、もっと怪獣との対決を望んでいたのに。カラータイマーは無いけど実質3分以内の対決にしないで科特隊と協力して苦労しながら怪獣を倒すようにして欲しかった。今回は八つ裂き光臨の使用が多かったな。
もう科特隊(禍特対)は存在意味が無かった感じ。
昔でいうキャップ役が西島秀俊さんでやっぱりっていう感じで頂けないし、イデ隊員出してくれよ。
また、流星バッジもただの飾りになってしまった。
それからウルトラマンは声出せよ。「シュワッチ」とか声が無いとすごく無機質な感じ。
なぜ、タイトルバックでウルトラQからウルトラマンに変わりウルトラマンの歌に繋がるのにウルトラマンの歌が無いんだよ。あれが無いとウルトラマンがそもそも始まらない。
最初のワクワク感からは程遠いぼやきになってしまった。
われらは科学特捜隊
ウルトラマンっぽい話しだったよ。
科学特捜隊を禍威獣特設対策室専従班にして禍特対としてたけど、普通に科学特捜隊で良かった気がするな。
地球より優れた文明を持った宇宙人がやってきて、地球人に色々やろうとするよね。
それを「人間は良い奴らだ」みたいに思ったウルトラマンが食い止めてくれるっていう。
原作でも、光の国の人たちは地球を見下してる感あるんだよね。
初代ウルトラマンでバルタン星人が『我々は地球に移住する』って言ったときに、ウルトラマンが『地球人と平和的に共存するなら認めよう』って答えるんだけど、M78星雲から来た奴が勝手に地球代表として答えてんだよって感じがあったの。
その辺の、進んだ文明を持った宇宙人が、まだ劣っている地球人をどう扱うかで意見が分かれたりするところが面白かった。
科特隊を描くところでは、官僚組織の裏側も描いてリアル感出そうとしてたね。
それもあって、スペシウム光線はなんなのか、物理的・科学的に出すことはできるのかって分析もやってる。
でもここはなくても良かったかな。
ゴジラは元から現実に即した対策を打ってるけど、ウルトラマンは少し荒唐無稽だしね。そのまま押し通しても良かった気がする。
ゼットン出てくると寂しいね。「こいつには負けちゃうんだよ」って。
太陽系を滅ぼす最終兵器ってことになってたけど、ゼットンってZから来てるんだっけ。それなら最終兵器でいいね。
色々あっても全体としては、M78星雲からやってきた正義の味方が地球を守ってくれるっていう話で、観てて面白かったよ。
娯楽映画の佳作
自分は、初代ウルトラマンはしっかりファン。
しかしウルトラシリーズのファンではない程度。
頭を空っぽ付近にして観る痛快娯楽映画としては4.0。
脚本的な迫真性や、初代ウルトラマンとの比較ありなら3.5。
どちらにせよ、自分としては、娯楽映画としてもリアリティ映画としてもきびしい出来に見えた「シン・ゴジラ」よりは面白く観られた。
以下、長文にて指摘。
なお、あえて一般的になった旧語を用いる。
<よかった点>
初代ウルトラマンのリビルドが、2022年の映像技術で観られたのは嬉しい。
怪獣や怪人との戦闘は大迫力で、興奮した。
<イマイチだった点>
●ひとつの映画として
・脚本
効果的に繋がっていないと感じる要素が多い。
作戦立案担当官神永(中身はウルトラマン)と分析官浅見は「バディ」を組むことになるが、絆が深まるような段取りがなく、シーンごとに信頼と失望を繰り返すような「制作側の、ご都合言葉としてのバディ」で突き進む。実際、浅見よりも神永の元同僚の方がいつの間にか早く信頼関係が築かれているなどの迷走感がある。
中盤は善のふりをして政府に近づき人類抹殺を狙うザラブ、善のふりをして政府に近づき人類の兵器在庫化を狙うメフィラスが続くが、敵としてスケールアップしているものの直感的には伝わりづらく、中盤同じようなエピソードが繰り返されている印象を持つ人は多いだろう。
結局、メフィラスに人類巨大化装置を返しても「巨大化できる可能性があるので滅ぼす」と決めているゾフィーがいた(浅見が巨大化した時点でこの理論が成立する)ので、メフィラスとの戦いは無意味だった。また、ウルトラマンはゾフィーが現われなければメフィラスに負けていたような描写をされており、ゾフィーに助けられたものの今度はゾフィーがゼットンで太陽系破壊に動くので、茶番に付き合わされている内容になってしまっている。ゼットンはウルトラマンの命と引き換え+人の力で撃退できるが、それだけのことで都合よくゾフィーが心を変えてくれて束の間の平和という結末。後半は茶番的な内容が続いてしまっている。また、作中で描かれたのは「ウルトラマンと科特隊の絆」であり、人間神永と科捜隊の絆が描かれていないから、ラストシーンで「人間の神永」が復活しても、科特隊の面々が手放しで喜ぶとは思えない。新たな怪獣・怪人たちの飛来もゾフィーから示唆されているので、かなり絶望的な状況に思える……という風に、諸々においてうまく流れていない。
なぜ地球1つ潰すために太陽系を消滅させるほどの火球を長々とチャージしてくれるのか、神永のUSBメモリを船緑はなぜ数時間~数日放置していたのか、なぜその解析を待たずにゼットンとの一戦目に向かったのか……などは、「クライマックスを作るため」以外の理由がない(作中世界でのリアリティで考えれば変であり、製作サイドの理由しかない)ので、シンプルに雑。
最後の敵が「太陽系を一射で破壊する宇宙要塞」というのも、盛り上がらないと感じた。様々な作品で大ボスやラスボスを「とにかく大きな敵、言葉上スケールの大きいことをしようとする敵」にしたがるが、「同じぐらいの大きさの人型」より盛り上がる要素がないことは、わかってほしい。
また、光の国が恐るべき思想と約定のもとに宇宙活動をしている組織と発覚するが、そうであるとウルトラマンがなぜここまで地球人に肩入れするようになったのかという点において、遡及して疑問が残る。「弱者をかばって死ぬ生物を、知りたかったから」らしいが、今まで他の星でそのようなことはなかったのだろうかと疑問に思い、没入感を損なった。
・演出
特に後半手前まで顕著だが、浅見に対してなかなか濃い趣味のセクシャルさを感じるシーンが多い。人間が生来的に持つ身体的な美をモチーフにしているのかと思えば、男性や同じ女性である船緑に対してはそういう撮り方がないので、意味不明というか、制作側の下品な趣味要素を見せられたように感じる。そして、そう思えるほどそのやネタが頻度が多い。本筋や映像演出として効果的に絡んでいる要素ではないので、ノイズと感じた。脚本的には尺が足りていない状態なので、浅見の背後を映し続ける登場シーンをあそこまで長々と入れたのは趣味を優先したミスに思う。
●初代ウルトラマンと比較して
初代の脚本や演出をパロディしていた要素は当然に理解する。
しかし、いくらマルチバース世界観?とはいえ、残念に思うアレンジがあった。
・ゼットン
前述の通り、持ち運び可能な、太陽系消滅の超巨大砲台ユニットとなってしまった。
殲滅力は(空想科学読本も踏襲して)スケールアップしたが、初代最終話のゼットンの恐怖感と比べて「怖さ・絶望感」があったかというと、かなり落ちてしまっている。つまり「設定上のもっとすごいものを作ったが、映画上でははるかに弱く見えている」という、55年前の脚本・映像に対する敗北が起きている。
・光の国
各ウルトラマンの故郷だが、本作では「地球人はいずれ自分たちに並ぶ存在になる可能性があるから、大事を取って殲滅することにした」「1億何千万ある、生命を抱える星の1つが消えるだけだ、何も問題はない」という、メフィラスの方がまだ理性的という超理論をぶつけてくる。将来有望な新人がいるから、とりあえず抹殺しておこうという理念で動いているらしいのだ。善悪の段階でわかり合えないのもつらいが、とにかく器の小ささにがっかりする。これだけは、忘れたい出来事。
・結局ウルトラマンの力で勝ったラスト
初代では、ウルトラマンが敗れ、科特隊(人間)がそのゼットンを倒すという結末だった。いわゆる人類の親離れ、独立を描く結末が美しかったと感じている。
しかし本作では、人類も希望を捨てず頑張る展開があるものの、それでなお最終的な決め手はウルトラマン頼みである。外来星人(わかりあうのが困難な相手)と人間の相互理解・共闘による勝利、というテーマに変えたとも見られるが……自分としては、初代のテーマ性の方が好きだった。これは、好みの問題でしかないと自覚する。
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以上となる。
戦闘シーンを楽しみに観る娯楽作と思えば、不満は薄い。
なので、観て後悔したというようなことはまったくない。
光の国の設定が残念すぎるので、このシリーズで続編が出たときに観るかどうかは考えどころ。
昭和の特撮のリバイバル版
ウルトラマンシリーズは子供のころに再放送がテレビに映った時に少し見たことがある程度で記号的にウルトラマンを知っているぐらいの知識です。
面白かったけど、合わなかったであろう人もいるだろうなあって感じでした。
2時間の映画を一本というより30分番組が4つって感じの構成で特撮を見に行った人なら満足だっただろうし、映画として見に行った人なら肩透かしだったのかなあと。
悪役たちが個性的で不気味なザラブ星人、どこか憎めないメフィラス星人、無慈悲な破壊そのものなゼットンといいラインナップだったんですが、逆に主人公含む禍特隊が記号的な感じで面白くなかったり、ウルトラマンが戦闘中にヘヤッとかデュワッとかも言わずに一切無言で黙々と戦うだけなので、掘り下げ不足もあいまって正義を実行するだけの機械にしか見えないんですよね。
魅力が悪役>>>味方な感じでした。
ウルトラマンが朴念仁すぎて単体では面白くなかったけどメフィラス星人の山本耕史の怪演がドはまりしていて共演するシーンが面白かったから、それはそれで良かったのかな?
手放しには褒められないけど十分楽しかったと思います
人間らしいウルトラマン
はじめはどういう展開なんだろうと思った。画像は古く子供の時に見た怪獣映画かと。
ストーリーがどうだとか難しいことはわからないけど、エンドで流れた米津玄師の歌を聴いた時、ハッとした。
昔見たウルトラマンには心の温かさを感じていたけれど、それがなぜなのかようやく気づいた。
限りなく人の心に寄り添うウルトラマンだったんだなあ…。
私は斎藤工さんのファンなので、彼のインタビューを読んで興味が湧いて観たクチだけど、帰りの車で米津氏の曲をエンドレスで流しながら、観てよかったなあと思い、夕日が輝く当たり前の景色が尊く思えて、泣きながら帰るくらい余韻に浸った。
帰宅後家族に感想を話しながらまた泣いて、「怪獣映画でそんなに感動する?」と半ば呆れられてしまった。
ダイジェストでお届け
良いところ
怪獣との決戦シーンはVFX含め、見応えあり。
ジャイアントスイングや地球外へ怪獣を抱え込んでの飛行シーンなど、ウルトラマンへの愛情がたっぷり感じられる。
それでいて現代のVFXならではの、挑戦的なカメラアングル、光線のリアル感などと相俟って、シンゴジラからの庵野特撮シリーズは魅力的に写る。
その一方で、残念なところ
科学特捜隊の会話シーンは、絵コンテ切ってないんじゃ?と思われるような、カメラの台数頼りの平凡な画づくりが多かった。閉塞感のある会議室シーンは、開放的な戦闘シーンとの対比と考えるのは良心的な見方か?
早見あかりとジャニーズの子の演技が残念。
2人とも、なまじっか存在感があるだけに
あくまでも脇役の落ち着いた演技にして欲しかった。
脚本全体としては、いわゆるウルトラマンの社会性やテーマをうまく盛り込んでいる印象であったが、1作にまとめるにはいかんせん無理があった。
怪獣との対決シーンに見られるような、ウルトラマン独特の間、「静から動」「動から静」への転換
が乏しく、急ぎ足の編集になっているのは否めず
シリーズ化するのが吉だったのでは?
あ、それとウルトラマンが何も発声しないのはなぁ。
シュワッチ。
所々にある違和感と安心感
おもしろかったです。
おもしろかったですが、庵野さんの作品が好きな比率より、ウルトラマンが好きな比率が大きいために起きる違和感(特にウルトラマンのフォルムと動き)が最後まで付きまといました。
所々の音楽は聞きなれたものが飛び込んできて、嬉しかったです。
庵野の愛が詰まってる
ラストが・・・。
現在まで2回鑑賞済み。やはり最低2回は見ないと理解できなかった。限られた尺で始まりから終りまでを描いていること、つまり一本の作品としてまとめていることはまあまあ評価できるにしても、やはりラストのゼットン戦にはかなりゲンナリした。
一兆度の火球を放つとか劇中に説明していたが、それなら宇宙空間(衛星軌道上?)でなくとも、地上で堂々と姿を現して、ウルトラマンが果敢に独りで戦う姿を描くべきだったのではと疑問に思った。
それにより、地上の人類が「独りのガイセイジン」が、地球や人類のためにここまで戦ってくれているという共感や感心が生まれ、最後の最後にウルトラマンが復活して、人類と共闘してゼットンを倒すとかにしないと何も感動もあったもんじゃなかったと思う。
このラストって、いわばトップをねらえやエヴァを意識しているでしょ?間違いなく。このラストだけはなんだか好き勝手に描きたかったという製作者側の意図を感じたよ。
あと、過去ウルトラQ~ウルトラセブンの第一次ウルトラブーム作品の随所を、この映画にところどころ盛り込んでいるので、仮にシン・ウルトラセブンなるものを作ることになったとしたら、とんでもなく大きいハードルが待ち受けていることだろう。まあ前提とかの設定をいじくればクリアできちゃうかもだが、安易に変えて良いものでもないだろうなとも思う。
ちょっと不思議な感覚
「はぁ‥‥映画見たなぁ‥」
という余韻みたいなものを感じなかった。
駆け足の展開も、「え?わかんない!」てほど
説明不足でもないし想像が全くおよばないわけでもないので、賛否あるかもですが自分は小気味良いくらいでしたが‥
日本なの?日本だよねってくらい、舞台を身近に感じられなかったというか‥
どこかで行われてる何か、という、疎外感みたいなものを感じながら話に入りきれず。
でも、ところどころで、なんか心の奥の方を揺さぶられるような感覚になる瞬間があって、何に対してかわからないけど涙が出たシーンもある。
レビューを書いておきながら、自分の語彙力ではこの不思議な感覚は表現出来ないことに気がつきました。言語化出来てる方達は凄いです。
「ここのこれがこう!」て映画じゃなかったです。自分にとっては。
懐かしいけど新しい
TVシリーズのオマージュをふんだんに感じるものの、何故か新しい。
棒状の飛行体型とか、それが風車のように回る様とか、スーツのシワとかマスクのバリとか。予算上の都合か当時の精一杯の結果なのかは判断しかねるが、それら全てを必然として肯定したような本作。
見応えと問われれば答えに詰まりもするが、色々と感慨深かった。
既出の作品だけに期待値なんてものもあるのだが、そもそも「ウルトラマン」とは何だったのか?そんな事にまで言及してる脚本に思う。もとより当時は小学生くらいなので小難しい事は考えてもいなかったろう。
大人になって、当時のヒーローを再考し楽しむ為の裏付けのようなものがいっぱい描かれてた。
コレはウルトラマンであって、ウルトラマンではない。そんな感想をも抱く。
とはいえ、カメラも特撮技術も進化を遂げて当時では考えられないような…いや、考えついたとしても実現できないようなカットが多数ある。オリジナルのスタッフはこの作品を見て「コレコレ!」と歓喜するのであろうか?
印象的なのは庵野カットの存在感だ。
アニメ、主にはエヴァなのだけれど、ちょいと見慣れないアングルがやたらに挿入されてくる。なのだが…そのカットと芝居がシンクロするわけでもなく戸惑う観客も多いのだろうと思う。だが、これが庵野作品なのであろう。監督故の特色と言っていいのかもしれない。
物語は大人が見て楽しめるウルトラマンだったと思う。メフィラスの立ち位置とか絶妙で…なんか2つ名があって宇宙一の策士とかそんなんだったと思うのだけど、ウルトラマン怪獣大百科とか読んでもピンとこなかった。なのだが、本作ではなるほど、と唸る。彼による世界観の説明もとてもスムーズで、好印象。怪獣の生い立ちや何故地球が狙われるのか、とか。
気になるのは多用される「マルチバース」
…マーベルのソレと同一のものなのであろうか?いや、まさか、さすがにそんな事は起こらないとも思うのだけど、冒頭のタイトルの前に提示される「シン・ゴジラ」なんらかの関係性を想起させられる。
ウルトラマンのデザインも怪獣の造形も大好きだ。
怪獣は現代よりにブラッシュアップされてはいるものの、当時とほぼ変わらないウルトラマン。
とても、とても、素敵なのである。
simple is Bestとでも言おうか、普遍性さえ感じてしまう。
普遍性と言えば音楽もそうだ。
当時を想起させるカットの存在感も含め、実に世界観を雄弁に語ってくれる。
融合と言えばいいのか、その辺りはシン・ゴジラの時よりも成功に近かったように思う。
ゼットンまでを見事にまとめた本作。
単発になるのか、前振りになるのかは分からないけれど、50越えたオッサンが楽しめる空想特撮映画であった。
あれ?元は空想科学小説じゃなかったっけ?
ウルトラQとごっちゃになってるのかな?
■追記
色々なレビューを読んでふと思う。
CGのモーションが良くないとかあるのだけれど、コレが正解はないのではないかと思う。
怪獣も宇宙人も見た事ないだろ?
人間がスーツを着て宇宙人にならざるをえなかった時代とは違うので、どんな動きをしようと「人間」を基本に比較する必要はないと思う。
関節がなかったりしても不思議じゃないよ。
突如4本腕になっても、地球外の生態系なのだから、否定のしようがない。
人間とは違う機能を有しているのだから。
■追記2
あっさり終わったラストカットについて、ふと思い立った事がある。
あのラストカットを俺は「妙な終わり方するなぁ」と疑問に思ってた。で、何故アレだったんだろうと。
神永の目線ではあるものの、神永を通した観客の目線なのかと思い…ウルトラマンは貴方の心の中にもいるよ、とか。神永は貴方だったんだよ、とか。
崇高な意志を持つ生命体の断片を人類全てで分かち合う、というようなメッセージであるならば、あのラストカットにも合点がいくなぁと。
ふと、そんな事を思いたった。
ウルトラマンと怪獣が戦う映画だろ!
企画賞、差し上げます。
もうストーリーがどうのこうのではなくて、子どもの頃に夢中だったウルトラマンと巨大怪獣にワクワクしっぱなしでした。
プラス巨大長澤まさみさんにも萌え萌えでした。真下から見上げてみたいと思ったのは僕だけではないはず(こういう演出はセクハラっていうのかしら。気分害された方がいたらゴメンなさい)。
外星人同士が居酒屋で会談や、難しい言葉を良く知ってる外星人などコメディっぽいところも楽しかったです。
子供の頃にみたウルトラマンでした
懐かしいウルトラマンに庵野さん
凄いと思ったよ!戦闘シーン!
よく庵野さんオリジナリティ交えての怪獣を描けて戦わせたなって!
また最新のCGとか加えることなく昔ながらのウルトラマンの良さを残して映像化したのは素晴らしいと思った!
ただ、シンゴジラと同じ感じでとりあえずセリフが多くて中々内容が頭に入ってこなかった笑
今回のストーリーはわかりやすかったからまだ良かったけどこれでシンウルトラマンも終わりなんだなって最後思えたよぉー。
私が気に入ったのは戦闘シーンのBGMとバトルシーンとりあえず戦闘シーンだけあればよかったくらいの勢い笑
すいません。
でもみんな演技上手でした!
長澤まさみちゃんさすがです!
みんなには勧められる映画なのは間違いないです!
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