劇場公開日 2022年6月3日

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「実に多種多様な知識が要求される内容。要覚悟(補足いれてます)」オフィサー・アンド・スパイ yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5実に多種多様な知識が要求される内容。要覚悟(補足いれてます)

2022年6月3日
PCから投稿

今年155本目(合計429本目/今月(2022年6月度)1本目)。

まずは…。日本での公開ではどうしてこのタイトルにしたんだろう…。
原題の J'accuse は、作内でも登場するエミール・ゾラの「私は糾弾する」ですが、日本では「まぁまぁ」知られているような気がします。その前提だと、「なるほど、これを扱った内容なのね」ということがわかるのですが、日本語版タイトルではわかりにくいです。

 ※ accuse は、accuser「~を告発する」の直説法現在の1人称の活用。

 映画自体はここや公式ホームページでも紹介されている、ドレフュス事件を扱うもので、この史実自体は120年ほど前の比較的新しいもので、論争の余地があまりなく、淡々と進みます(逆に「ドレフュス事件」を知っているとつまらないかも…)。
高校世界史でも扱われている内容で、この事件自体が、ユダヤ人によるユダヤ人のための国歌建設を提唱するシオニズム運動につながり(映画内では明示的には出ない)、この事件自体はフランス第三共和政における冤罪事件を扱う(この事件によって、当時一大勢力だった軍隊勢力が衰えた)ところ、それも明示的に出ない以上に、後半はさらに「日本とは異なる裁判制度」の知識まで要求され、かなりマニアックな作りになっています。

 少なくとも120年ほど前の事件なので、制度や思想の在り方も現在の日本やフランスと余り変わらず、本事件で扱う「冤罪事件」がフランス国内を二分したのも、結局は、個人の有罪無罪を論じる以上に「ユダヤ派・反ユダヤ派」、あるいは「ドイツ寄り、反ドイツ寄り」といった明確な思想を持った高度な議論に、ある事件に対して国民の考え方(ここでは、フランス)が司法で争われるようになったのも、フランスではこの事件がきっかけです。

 内容的には大半はドレフュス事件を扱うものですが、内容的にマニアックな作りで、
  ・ ドレフュス事件それ自体
  ・ ドレフュス事件の背景にあったことがら(ユダヤ人に対する思想等)
  ・ エミール・ゾラに代表される当時のフランス文学、新聞・雑誌などにおける、表現の自由に関する事情
  ・ フランス国内の裁判制度(120年ほど前ですが、現在も維持されています)

 …という幅広い知識を要求されます。ほぼほぼ文系寄りで理系要素はないかなという感じです。といっても、私、理系なんですけどね…。

 事件自体は実際に起きたものだし、それを説明しても二番煎じである以上にネタバレになるので(誰が真犯人だとか何とか。ただし、これらも「ドレフュス事件」で調べるとわかってしまうので注意)これらはあえて省略します。

 採点要素としては以下が気になったところです。

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 (減点0.3) 扱われている内容に「フランス国内の裁判制度」があります。この事件は現在では冤罪事件と結論づけられていますが、字幕の説明がわかりにくく、かつ、日本の司法と異なる制度であるため(現在、2022年も)、この部分がどんどん出てくる後半は、「裁判制度」や「日本と異なる司法形態」といった概念を知らないと理解度が極端に落ちます(辛うじて字幕から読み取れる程度。「破毀院」の意味が漢字で類推できることによる)。

 さらに字幕内で日本には概念として存在しない「破毀院」という語が出て(何の説明もない)、ここで???になりそうな気がします。
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  ▼ フランスの(当時の)司法形態について(映画内で扱われている事項)

 ・ 日本では裁判制度は、最高裁を頂点にした「一つの司法形態」しかありませんが、フランスなど、日本がそもそも明治時代に民法などをまねた(当時の)フランスなどは、行政裁判とそれ以外(民事・刑事、その他)(司法裁判)は違う制度で、前者の行政裁判に対する最高裁(に相当するもの)が「国務院」、後者の司法裁判(民事・商事など)に対する最高裁は「破毀院」という、司法体系が異なる2つの制度があります(細かいところはあえて省いています。文字数が足りません)。

 そして、映画内で最後に登場する「破毀院」は、(ここでは、フランス国内の)法律の解釈問題を扱う「法律審」(ある事件に、裁判所が下した判決に対して、法律適用の可否、法律違反の有無のみを争うのみの裁判)であって、この破毀院により、この映画内で扱われている人物は「法律自体が最高法規(通常は憲法)に違反、法の適用が違反」として救済されています。

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 ※ 「法律審」に対し、「事実そのものがあるのかないのか」を主に争うものを「事実審」といいます(日本では、通常は地裁と高裁が担当します)。
 ※ フランスに破毀院は1つしかありませんが、このことによって、「フランス国内における法の適用、解釈の統一化」が実現されているのです。
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 ただ、これらのことがらは日本の教育では教わらない内容ですし、さらに他国の裁判制度の話なので、後半、法律ワードが飛びまくる部分で力尽きるんじゃないか…と思います。
少なくとも日本の現在の制度にありませんし(日本では、行政訴訟も行政訴訟以外も、(一つの)裁判所の類型で争われる。ただし、行政訴訟には行訴法が適用されるなど、扱いは異なるようにはなっている)、「法律審」「事実審」といった説明は全く何らなく、物語後半の裁判の話は、字幕では「破毀院」が突然出るだけで(これを理解するには「法律審」「事実審」の知識が必要)、「そもそも裁判制度が違う」2つの裁判制度に属する展開を同時にしているところ等、前提知識がないと???な展開・理解になってしまいます。

 このあたり、日本とフランスで司法制度が全く違ううえに、そういった説明は一切でない(さらに、ドレフュス事件そのものや、エミール・ゾラに関することは当然表立って出る)ことも考えると鬼難易度で、「本国以外で放映されることを想定していないのでは…」と思えます。

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 ▼ (参考/フランスの政教分離とドレフュス事件)

 ドレフュス事件は、宗教を基底としたユダヤ人差別が根底にありました。
映画内では扱われていませんが、この事件は、フランスは「政教分離」(ライシテ)の考え方を(現在の考え方では)不完全ではあるものの取り入れるきっかけにもなりました。

 このドレフュス事件が完全に解決する1906年の1年前、1905年に「政教分離法」が制定され、カトリックの国家支配を否定し(結果として他宗教を認め(=政教分離))、さらにユダヤ人等の外国人(ほか、黒人など)の基本的人権を尊重するようになったのです。

 以後、1946年に法よりも上位にあたるフランス憲法に「信教の自由と政教分離原則」が明記されました。
ただし、(日本と同じように)いわゆる「私学助成の合憲性」が問題となったり、1980年ごろになるとフランスに多種多様な移民が増えたため、政教分離の厳格さをどう考えるか等は現在(2021~2022)でも揺れ動いている、というところです。

  ※ 日本では、敗戦後の日本国憲法でも取り入れられています(20条、89条)。
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yukispica
マキさんのコメント
2022年6月4日

パンフレットのような深い考察と解説!いつも参考になります!ありがとうございます😊

マキ