「一組の離婚夫婦を通じて、男女の相違を鋭く炙り出した名作」マリッジ・ストーリー 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
一組の離婚夫婦を通じて、男女の相違を鋭く炙り出した名作
ノア・バームバックは常々機能不全に陥った家族や、離婚家族を描いてきた印象がある。それを彼自身の離婚体験と重ねようとするのはあまりにお節介なことという気もするけれど、「イカとクジラ」では離婚する夫婦よりもその息子であるジェシー・アイゼンバーグにバームバック自身の気配を色濃く感じたのに対し、この「マリッジ・ストーリー」ははっきりと離婚する夫婦の目線で離婚が描かれていたのは興味深かった。
最初は冷静さを保ちながら弁護士を入れずに双方の話し合いで離婚をしようとしていたはずの夫婦が、小さな出来事の積み重ねによって弁護士を挟んだ「闘い」のようなものになっていく切なさ。でも同時にそういうすれ違いが、この二人を離婚に至らせたような気もした。話し合いで離婚が出来る二人なら、そもそも離婚はしなかったかもしれない。
お互いがそれぞれに思うことや憤ることや不満に思うことがあって、何方が正しいでも間違っているでもないように感じられるから、本当に苦しい。社会における男女の立場の違いと結婚における男女の目線の違いなどといった非常に細かい男女の相違を、バームバックが実に鋭く解析し、奥深くまで考察した上で、最後に見事に磨き上げたような研ぎ澄まされたストーリー。身近なテーマだからこそ逃げ道のない内容をここまでありありと描写してしまえたことが本当に凄いと思う。はっきり言って観ている間はずっしりと心が重たかった。ある意味「ジョーカー」以上の鬱映画とも言えるのではないかと思うほど。それなのに目を逸らすことは出来なかった。
そして男女のそれぞれの立場を表現したアダム・ドライヴァーとスカーレット・ヨハンソンがまた凄まじかった。怒りと悲しみの奥に辛うじてお互いへの情けがあるような複雑な心理状態を生々しく演じ抜いて、二人が対立するクライマックスの激論のシーンなんて呼吸すら忘れるほどのド迫力だった。一秒ごとに心が揺れて様々な感情が流動的に入り混じって喜怒哀楽だけでは到底説明のつかないような心の内を、勇敢な表現者二人が的確に体現することで、リアルな離婚の現実と渦中にいる人間の心理を思い切り剥き出しにされていたなと思う。そしてそんな胸の詰まる映画の中でローラ・ダーンがシーンをいい意味でぶち壊してくれる痛快さ。登場からして格好よくキマっていたローラ・ダーンはひと度セリフを口にし始めた瞬間にもう愉快痛快。現実では絶対に身近にいてほしくない登場人物だし、なんなら離婚を修羅場に変えた元凶のような存在なのに妙に快哉で妙なインパクトがあってすごく良かった。
物語は相手の長所を綴った「手紙」によって冒頭と結末がブックエンドのように納められている。あの手紙をもし冒頭の時点で読んでいたら・・・?という仮定が思い浮かぶとまた切なくなった。
でももし冒頭であの手紙を読んでいたのだとして、あの時点では夫婦の心には響かなかったかもしれないとも思えて、それもまた切なかった。