劇場公開日 2019年6月19日

「民主主義というものの不都合な真実がここにある」ブラジル 消えゆく民主主義 tさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0民主主義というものの不都合な真実がここにある

tさん
2019年7月21日
PCから投稿

知的

難しい

いやぁ・・・これは非常に興味深い映画であった。民主主義というものの「不都合な真実」的な事実が描かれていると思いました。

100%ドキュメンタリーです。映画というよりは、ドキュメンタリー番組という捉え方で観た方が良い。従って、映画としてよくできているかどうか、それを論じることには、あまり意味がない。

もしあなたが日本人であるならば、観ておくと良いかもしれない・・・がしかし、観ないほうが良いかもしれない。何故なら、ブラジルの現在は、遠からず訪れる日本の未来だと思うから、それと、民主主義というものの欠陥を痛いほど見せつけられるから。民主主義が唯一のあるべき姿だと信じている人は、この映画を知らない方が幸せかもね。そういう意味では、ホラー映画よりも怖いことを、この映画は示唆していると思う。

この映画に描かれていることは、何故、民主化は独裁政権に戻ってしまったのか?ブラジルの民主主義が衆愚政治と化してゆく過程なんだけど、その過程が、どこかの国と酷似している。そう。我が国日本。

この映画の中で、かつて民主主義を達成したはずのブラジルの労働党に対して、民衆は攻撃を始める。一旦、そういう「空気」が醸成されてしまったら、もう誰にも止めることはできない。「空気」のみが支配する世界。その世界における正義と悪は、民衆の感情によってのみ判断される。昔から暗黙の了解とされてきた賄賂文化が、民衆の感情により、突如として悪になる。もう何が正しいか分からない。個人の感情の集合が存在してるだけ。もちろん、それを先導しているのはメディア。しかしメディアが全て悪いわけではない。要は、ブラジルは民主主義国家になりきれていなかっただけの話。

「空気」が支配する世界の恐ろしさについては、日本では山本七平が語っている。これを山本学と呼ぶのだが、この映画にあるのは正に、山本学における空気だと思った。

最近、社会学関係の書籍をたくさん読んだ。そこに書かれていることは、そもそも民主主義というものは、極めて特殊な条件下でしか機能しないものであるということ。その観点からすると、日本の民主主義は機能していない。日本は、民主主義の仮面をかぶった、最も栄えた社会主義国家であるとの主張さえある。

民主主義ってのは、一夜にして成るものではない。真の民主主義を達成するためには、過去の慣習を全て壊し、完膚なきまでに撃滅し、全く新しい世界を作るぐらいの気概がないと達成は不可能なものなのだ。この映画の登場人物が着ているTシャツに “give me democracy or give me death” と書かれているのだけど、民主主義ってのはそういうもんだ。民主主義を得るためにはたくさんの血が流れる。そして、その成熟には長い年月を要する。

ブラジルの民主主義の生成過程は、血を流す過程はあった。しかし惜しいことに、長い年月を要して成熟しなかったんだ。

日本人としてやばいなぁ・・・と思う理由は、日本の社会・政治・メディア状況が、この映画の中のブラジルと酷似しているところなんだよね。ブラジルと日本で異なる唯一の点は、日本には、経済的な余裕がまだまだあるということだけ。今の日本社会は、かつての繁栄が産んでくれた遺産だけで持っている状況。そして、日本の民主主義は血を流して達成されたものではない。もし、日本の経済が破綻したら、日本は一気にブラジルみたいになる可能性がある。

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