ミッドナイト・トラベラー : 特集
タリバンから死刑宣告を受けた映画監督が一家でアフガン脱出 難民として命がけの旅をスマホで記録
話題の映画を月会費なしで自宅でいち早く鑑賞できるVODサービス「シネマ映画.com」。本日1月14日から「ミッドナイト・トラベラー」の先行独占配信がスタート。タリバンから死刑宣告を受けた映像作家が、難民として安住の地を求め、一家でアフガニスタンからヨーロッパを目指す旅路を撮影したドキュメンタリーで、2019年のサンダンス映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭など世界各国で受賞した作品です。
幼い子ども二人を連れ、様々な困難に直面しながら旅を続ける一家。故郷を追われて難民としての生活をスマートフォンで撮影し、命がけで伝えるその姿は、ニュースではわからない現実を我々に訴えます。このほど、映画.com編集部が見どころを語り合いました。
ミッドナイト・トラベラー(ハッサン・ファジリ監督/2019年/87分/アメリカ・カタール・カナダ・イギリス合作)
<あらすじ>2015年、映像作家ハッサン・ファジリは、アフガニスタンの平和に関するドキュメンタリーを制作する。しかしその作品が国営放送で放映されると、その内容に憤慨したタリバンは出演者の男性を殺害、ハッサンにも危険が迫る。ハッサンは家族を守るため、妻と2人の娘を連れてヨーロッパまで5600キロの旅に出ることを決意。一家はその旅路を、3台のスマートフォンで記録する。
座談会参加メンバー
駒井尚文編集長、和田隆、荒木理絵、今田カミーユ
■映画監督がアフガニスタンを脱出、その現状をリアルに映し出す
和田 故郷を追われて難民となるとはどういうことか、その現実が観る者に容赦なく迫ってきました。
駒井編集長 ちょうど、バイデン大統領がアフガニスタンから米軍を撤退させる発表をしたタイミングで劇場公開されましたよね。とてもタイムリーな印象を受けました。
荒木 飛行機に群がる難民たちのニュース映像がしきりに流れている頃でしたよね。ほとんどのシーンはファミリービデオのような親密さを感じるのに、折々の現実が本当に容赦ない。そのギャップが辛かったです。
和田 タリバン政権が復権し、難民はさらに増えると予想されますね。
駒井編集長 タリバンから死刑宣告されたら、全力で逃げなきゃならないという現実が、リアルに伝わってきました。
今田 監督が信頼していた友人がタリバン側に行ってしまったりと、個人の信仰やイデオロギーとその変化についても考えさせられる作品です。
駒井編集長 この監督が、かつて撮ったタリバンの映画が原因で、主演男優が処刑されてしまった。本人にも殺害予告が届いた。もうアフガンから逃げるしかないって。家族4人の逃亡生活なんだけど、夫婦そろって映画監督なんで、その逃避行をしっかり撮影しているという映画人の性が作らせた映画。
和田 その映画人としての性はすごいですよね。我々では想像できないほどの恐怖だと思いますが、見てる方の救いとしては娘さん2人が可愛く、奥さんも魅力的な方でした。でも、中盤あたりで下の娘の姿がしばらく見えなくなってしまった時、監督が心配しつつも最悪のシーンを頭で想像し、カメラに収めてしまうかもと告白するところは、とても身につまされました。
駒井編集長 やっぱ、監督という稼業は「撮れ高」を計算しちゃうんですね。
■難民となるとはどういうことか……その現実を容赦なく伝える駒井編集長 日本でも難民の問題が最近顕在化していますけど、どこの国に住んでいても、どこの国に逃れても、難民認定を受けるのって大変なんだなあと痛感しました。
荒木 認定の順番待ちのリストがびっしり、3年以上かかりますよ……って言われてましたね。しかも自由を大幅に制限された状態で。
和田 国境沿いの森の中を抜けていくのも過酷ですが、難民キャンプやトランジットで待たされ続ける生活というのも想像を絶します。
駒井編集長 難民を食い物にする逃亡仲介ビジネスマンがなんとも不愉快でした。
荒木 一番心が痛かったのは、ブルガリアで難民排除を訴える団体が大声で「出ていけ!」ってあの家族のいる宿泊施設を取り囲むシーンでした。子どもが怖くて泣いちゃって「もうあの人たちにどこかに連れて行ってもらいたい」っていうんですよ。実際あんなことが起こってるなんて。
今田 同じ人間同士なのに、生まれた場所が違うだけで敵意を持たれたり、憎悪の対象になってしまうのがつらいです。そして、難民排斥を訴える人達も、もしかしたらその国では立場が弱く、不幸せな人たちなのかもしれません。
■究極のロードムービーにして、究極のファミリームービー駒井編集長 この家族は、アフガニスタン→タジキスタン→アフガニスタン→イラン→トルコ→ブルガリア→セルビア→ハンガリーと旅します。究極のロードムービーにして、究極のファミリームービーであるところがすごい。
和田 国によって難民への対応が違いましたね。
駒井編集長 この映画では、娘2人の存在がとても大きいですね。娘たちがいなかったら、映画として成立できなかったと思います。
荒木 時々、娘たちがナレーションでしゃべりますよね。それもすごく心に響きます。
今田 特に長女は、悲惨な状況の中でも子どもらしい好奇心を絶やさずに、楽しみを見つけて生きていましたね。リアル「ライフ・イズ・ビューティフル」のようでした。
駒井編集長 この家族はアフガンから逃げましたけど、ISの件でシリアからヨーロッパ各国に山のような難民が流入していた時期ですよね。
和田 あの難民たち、そしてこの家族は今どうなっているんでしょうか。
駒井編集長 監督はインスタに近況アップしてましたね。スウェーデンで映画祭に招待されたとか。いまどこに住んでるんだろう。
和田 しかし、現在の所在を明かすと、タリバンが殺しに来るかもしれないという恐怖もあるんでしょうね。
駒井編集長 そうですね。どこに住んでいるかは分からないようにしている感じですね。
■テレビのニュースでは伝えられない現実を多くの方に見てもらいたい荒木 娘さんたちが健やかに育っていることを願います。映画の中でも、まさしく希望の光そのものだったので。「大人になっても私髪隠さないから」って言ったり「Black Or White」を全力で踊ったり、明るくて前向きな子たちでした。
和田 この作品の救いでもありますよね。奥さんが自転車に乗る練習のシーンも微笑ましかったです。
今田 サウジアラビアの映画「少女は自転車にのって」という作品もありましたが、戒律が厳しいイスラムの国では女性が自転車に乗ることは良いと思われないようですね。お祈りに行くのはそれぞれの考えでよかったりと、夫婦の会話から知ることも多かったです。
和田 この映画の続編の可能性なんてあるんでしょうか。
駒井編集長 娘たちが大きくなった姿は見たいですね。でも、これ以上目立っちゃうと、それはそれで危険が高まるから、続編は作れないのではないかと。
和田 テレビのニュースでは伝えられないこの現実を、日本の多くの方に知ってもらいたいです。
荒木 本当に命がけで、ギリギリの状況におかれた当事者の現実が映されていますから、ぜひ多くの方に見ていただきたいですね。よく映像化してくれました。