「MJの曲に合わせて踊る少女の姿に吐くほど泣かされました」ミッドナイト・トラベラー よねさんの映画レビュー(感想・評価)
MJの曲に合わせて踊る少女の姿に吐くほど泣かされました
アフガニスタンの映像作家ハッサン・ファジリは国営放送向けにドキュメンタリー番組を制作するがその内容がタリバンの逆鱗に触れ番組に出演した男性は殺害され、ハッサンには死刑宣告が出される。ハッサンは妻と娘2人を守るため自分達を受け入れてくれる国を求めてアフガニスタンを後にする。その5600キロに及ぶ旅と転々と移り住む移民キャンプでの日々を3台のスマホだけで撮影したドキュメンタリー。
タジキスタン、トルコ、ブルガリア、セルビア、ハンガリー・・・難民として公式に受け入れられないがために密入国を繰り返さなければならない凄惨な毎日。同じ境遇の人達と協力しながら次々と窮地を潜り抜けていくが、そんな彼らが持つ現金を根こそぎ奪おうとする密入国斡旋業者、難民達を敵視する民族主義者の市民、冷たい対応で難民を追い払う役人や警官といった魑魅魍魎達が跋扈する世界を捉えた映像は生々しく残酷ですが、そんな地獄のような毎日でも笑顔を振り撒く姉妹ナルギスとザフラの可愛らしさがとにかく印象的。無邪気にはしゃぎ回る姿、疲れ果てて爆睡する姿、退屈過ぎて思わず涙を流す姿、恐怖に手足を震わせる姿、そのどれもが愛おしくて自身の娘の幼い頃を思い出してしまい何度も涙がこぼれました。特に印象的だったのはマイケル・ジャクソンの動画を見ながら無心にダンスをするナルギス。その曲がよりによってBlack or WhiteとThey Don’t Care about Usなので微笑ましいシーンのはずなのに吐くほど泣きました。
ちょっとしたきっかけで始まる夫婦喧嘩や物凄く深刻な事態であるにも関わらずその現場に立ち会って撮影していることに激しく興奮する自分に気づいて激しい自己嫌悪に駆られる様までも赤裸々に捉えた映像の数々は実に辛辣なメッセージを湛えている一方でラブレターのように甘酸っぱいところもあって自身も映画監督であるファティマが時折見せる少女のような笑顔もとてもキュートです。夫婦だけでなく姉妹も撮影テクニックを習得しているそうで、随所に挿入されるリリカルで抒情的な映像も息を呑むほど美しく、終幕に現れるテロップが刻む現実の厳しさとのコントラストに胸が引き裂かれる衝撃的な87分間でした。