「配給会社も参考に?」マスターズ・オブ・ホラー Naakiさんの映画レビュー(感想・評価)
配給会社も参考に?
まず、個人的な意見として聞き流してほしいのだが、それなら書くな! と言われそうだが..........。この作品を指して、ある人は、ホラー・アンソロジー映画と表される方もおられるけれども、その内容は、過去に上映された恐怖映画やSci-Fi映画、そして小説やテレビ番組といった媒体のオマージュともインスパイヤーともとれるようなシナリオが散見する。もちろん、これだけ多くのホラー映画があるので似てくるのは致しかたないと思われる方は大勢いるのは、わかっていても重箱をつつきたくなってしまう。狭い考えの持ち主としては.....!
5人の監督による5つのオムニバス物語。そこに共通するのが映画館“RIALTO”(劇場街:イタリア語由来か?)。出演者が、そこにアリ地獄の中に入ってしまう虫のように、または食虫植物の罠に一旦入ってしまうと二度と生きて出てはこれなくなる感覚におちいる。ただし、自分自身が主演の映画を観た後からではなければならない。このような感じの映画は、1994年公開の「Twilight Zone: Rod Serling's Lost Classics」でその時のホスト役は、ロッド・サーリング(1975年没・夭折)ではなくて、以前「トワイライトゾーン」に出演経験のあるジェームズ・アール・ジョーンズが務めていた。話によるとガレージでサーリングの原稿が発見され、サーリングの未亡人キャロル・サーリングの協力のもと制作されたと聞く。そのテレビ用映画の第1話"人生の予告編"と題された映画の内容が、酷似している。ある日、市に頼まれたモニュメントを制作し、忙しい毎日を送っていたメリッサ・サンダースが息抜きのため映画館に立ち寄って、通称:Screwballコメディ映画「His Girl Friday(1940)」を観ていると途中から、その映画ではなく、今さっき自分に起こった事が、スクリーンに上映されるという怪奇なことが起こるが、ほかのお客さんは、その事に気が付いていないようなのであるが.........???
5つの話でもう一人共通して出てくる人物がいる。
Who are you?
I am a Projectionist.
映写技師として自己紹介をしているが、その実はこの人物の正体は、この映画に出てくる古文書の中にも記されていて、例えば、アニメ「デビルマン(1972)」や映画「ヘルボーイ(2004)」などが、この者がモチーフになっていると個人的には思っているのだが、ゲームにも登場する“Abaddon the destroyer”。魔物を操る魔物、すべての破壊神、そして、その行いは人に対しては“簡単な”死さえも与えない。
第1話“The Thing in the Woods”監督・アレハンドロ・ブルゲス。この作品は、観ている途中からこうなってほしいと思っていたのが、その通りになったので個人的にはカタルシス満載の映画になっている。Sci-Fi番組「The Outer Limits(1963)」の第14話"The Zanti Misfits"や日本のシャンソン歌手の第一人者である高英雄さんが主演をした日本の異色怪奇映画「吸血鬼ゴケミドロ(1968)」とシチュエーションが似ている。
第2話“This Way to Egress”監督・デビッド・スレイド。この作品は、女性の美に対しての扱いが、はっきりといって時代に逆行をしているように見える。
Patient's fiance, Dand Resnick,
requests further procedures be done
"right away"
第4話“Mirare”監督・ジョー・ダンテ。この人の名前を知らなくても彼の作品の題名を聞けばどんな映画作りをされているかがわかる人といえる。シナリオは、2人の男の子を連れた30代の若い母親が、病院の待合室で待っていると............なにかが変!!! 彼女曰く、昨日から何故か彼女の周りの全てのものが、"悪く"なっていく..........??? 悪くってて!? 映画とあまり関係がないが、この中で精神科医の役のアダム・ゴドリーも変なら受付嬢のブロウイン・モリスも変で、彼女の顔が段々と.........? 彼女、普段はモデルもしている長身で美形な方なんだろうけれども...,,,,,,このシナリオが少しシュールなところもあり、ホラーとしては精神的に観る者を追い詰めているのではないかという恣意的なものも感じることができる。異色なホラーといってもよいかもしれない。
第5話“Dead”監督・ミック・ギャリス。スティーヴン・キング原作作品のテレビ映画監督と知られていて、映画よりもテレビ映画が抱える視聴制限を重んじる?その反動かもしれないが“Dead”という名に恥じない、ギミックをふんだんに使った、血の池地獄、内臓ドッバーッ、死体ゴロゴロ、とゴア表現をこれでもかと見せつけている。シナリオは、ピアノの発表会の後、両親と帰ろうとしていたところを強盗に襲われあえなく、両親は射殺され返らぬ人となり、ライリー少年自身も重傷を負うこととなる。そして看護師から“あなた17分間心臓が止まっていたのよ。”なんて聞かされてしまってからは、不思議なことが起こり始める。
第3話“Mashit”(マシートと聞こえた。マシトと普通呼ばれる。)監督・北村龍平。あらかじめ断っておきます。この映画を見たとき誰が監督をしていたのかを知らないので、特にこの第3話を北村龍平監督が製作していたのを知らなかったので辛辣な意見を載せるにあたって、言い訳です。彼のファンの方々激怒しないように.......と書いたら逆なでか?
ほかの作品は、ホラーらしいという言い方があっているとは思わないにしろ、この第3話があることによって、映画全体の質、映像感覚、面白さを一気にまた全てをバカバカしいものにしてしまっている。この題名の“Mashit”という言葉を使うことによって仕方がないといえば仕方がないのだが.........! 教会の寄宿舎で生活している中で、一人の男の子が教会の屋根から飛び降りるところから始まる。そして少女を中心に残虐な行為が行われ、“貞子さん”そっくりに死んだ男の子も登場したりする。なぜ、個人的に不評なのかというとあからさまに切り落とされた手や足や頭を放り投げていると思えるシーンから安っぽさ満願?だし、現場では遊び半分で映画作りがされていると邪推してしまうところや教会の凄惨な場面で、知ってか知らないか分らないが、傘の大きな電灯が映像に移りこんで邪魔になり、イライラさせられてしまう。それを仮にわざとしているとしたら悪質だし、彼の映画には美的という言葉はないらしい。しかも何故“Mashit”を選んだのか? こんな幼児虐待をモロに思い出させるような題材にしたのか? この“Mashit”ユダヤの伝承の悪魔の中でも、特に子供をいたぶって喜ぶ悪魔として知られていて、先に出ている“Aboddon”と同じ破壊者でも低俗な悪魔を意味していると個人的に解釈している。
この映画のホスト的存在の“Projectionist”いわゆる映写技師を演じているのが、ある人がこの人を揶揄して言っていたのが、“今度、どこいじったの?”と言われた怪優(失礼しました。)ミッキー・ロークさんの登場です。ほとんど映画館の中なのでははっきりと風貌までは..........!? へッへッ、見ることはできていますよ。また失礼しました。それとアンダーグラウンド映画のデニス・ホッパーであり、怪優、エズラ・バジントンさんもいつもの通りの演技をされています。
アメリカ、ヒューストンの日刊紙、Houston Chronicle「全体的に言えることは、映画“マスターズ・オブ・ホラー”は、まともにゾッとさせるというよりは、胸糞が悪くなる映画であるけれども製作者の映画に対する明確な愛着や心のこもった扱いが、この映画を"見る価値あり"としている。」アメリカ、シカゴの大衆向け新聞紙、Chicago Sun-Times「 全体としてのは、“マスターズ・オブ・ホラー”は、私が今年見た映画の中で最も流血があり、暴力的で、最も恐ろしいもので、そして最も変わった映画である。そして私はそれが大体において良い意味だと思っている。」
この映画に対して一貫して言えることは、jump-scares(ホラー映画などで、突然の大きな音と映像の変化で観る人を驚かせる手法)を多用してしまう安直なつくりはなされていないのが、個人的には、真摯なつくり方をしていると納得して、サクッと観ることのできるホラー映画といえる。