「恐怖とは違う何か」ミッドサマー バスト・ラーさんの映画レビュー(感想・評価)
恐怖とは違う何か
やっと観賞できた、上映期間中に観られてよかったです
見終わったあとに恐怖というよりは神経のすり減るような不安を感じた、久しぶりの映画館で2時間越えを抜きにしても
カルトのコミューンに赴いた若者が次々と殺される、なんて設定わりと良くあるけれど、例えば恐ろしい儀式の生け贄にされるとか、言い付けを守らずに殺されることはこの映画のメインの怖さではないような気がする、残酷シーンも控えめであまり怖くない
主人公は単なるホラー映画の犠牲者として殺されるのではなく、コミューンに取り込まれて女王にまでなってしまう、一人の人間の常識が覆される話だ、そしてその常識は私たちの社会のルールやモラルでもある
ホルガの風習はいかにもカルトチックで異様で受け入れがたい、こんな新興宗教がニュースで流れたら間違いなく殺人集団だと非難できるだろう、
しかしいったん社会というマジョリティを剥ぎ取ってコミューン内に踏み入っていまえば少数派で異常なのは私たちの常識で、神聖な掟を守らなかったり、先祖の霊を冒涜すれば断罪されるのはこちらの方だ
ホルガに着いてから学生たちは怪しげな薬草で幻覚を見続ける、ダニーが徐々にホルガに侵食されていくのをいつの間にか蔓延る植物の幻覚で表現しているのがアルチンボルドの肖像のようで美しく不気味だ
ホルガの民の生活は無言でダニーに問いかけ続ける「私たちが異常にみえるかもしれないけれど、あなただって薬で不安を紛らわし、他人に依存したり、食い物にしている、少なくとも私たちは幸福だ」と、
ダニーが最後にホルガを受け入れてしまうのはカルトの洗脳だけど、彼女のこれまでの生活が幸福なものではなかったからに他ならない、ダニーにとってあのラストは間違いなく解放と癒しのハッピーエンドだ
ダニーの中での現代社会の敗北が私たちの当たり前だと思っている常識は、実は依る辺ない脆弱なものかもしれないと思わせて、恐怖よりも不安な気持ちになるのかもしれない
穏やかな物腰や笑顔が時には頭蓋を粉砕する木槌よりも暴力になり得るとは