「とても良かったが」犬王 akioさんの映画レビュー(感想・評価)
とても良かったが
犬王がまだ異形のまま、盲目の友魚と歌い踊っていた中盤まではよかった。
その前に犬王に都合よく不自由ない健全な両足が生えてきたとき、ん?とは思ったがとりあえず受け流した。
しかし、クライマックスの場面で足利義満の前で犬王が舞いはじめたとき、いつのまにやらあの片方は異常なまでに長く、もう片方は異常に短かった腕が健常人の長さ形とも左右対称なそれと変わらくなっており、さらに怨霊によって、犬王の父親が息子にかけた呪いをその身に返されて死んだことで、犬王が生まれながらに負い、彼のアイデンティティでもあったはずの身体奇形がそっくり消えて健常人と同じになり、そしてその後のパラレル的歴史展開として、義満のもとに召された犬王にとってその唐突な身体的変化が逆に何のハンディキャップにもならなかったのを見て、非常にショックに感じた。
琵琶は弾いたことがないが、その進化形の三味線は非常にロックな音色を響かせる楽器であると弾いても聴いてもかねがね思ってきたから、中盤の川原のステージで友魚が室町時代の人々が聴いたことがなかっただろうロックミュージックを琵琶によって奏で高らかにシャウトして歌い、犬王が類稀な身体表現力で異形の姿を操り踊ることで観衆を虜にしたステージはとても素晴らしかった(でもちょっとライブが長くて中だるみしたので、当時の建築なり服飾なり、京都の町の鮮やかで文化的なイメージを挟んでほしかった)。
そこに感動したこそ、最後、犬王のアイデンティティであったはずの異形の姿がすっかり失われ、見た目にはただの健常なに人間になってしまったのが悲しかった。しかも、彼は彼の異形を失っても、彼の芸にはおそらく影響がなかったようだった。
日本アニメのよくある展開で私が好きではないのは、例えばAKIRAや千と千尋の神隠しのように、登場人物がグニャグニャしたわけのわからないものに巻き込まれて、そこから出てきた時にはなぜかどういうわけか、巻き込まれた登場人物が改心したり、抱えていた問題がどういうわけだか解決してしまってヨカッタヨカッタの大団円になるところ。人智を超えた力によって何となくそうなって全部丸く収まるんじゃなく、理屈で納得させてほしいといつも思う。この犬王という作品の場合、犬王の呪いが解けて異形から健常の人の姿になったとき、彼が何を感じたのか、逆に失ったものはなかったのかをもっと知りたかった。異形だからこそあれだけ観衆をわかせた犬王なのに、ありきたりの健常な姿になってしまって何の苦悶も葛藤もなかったのかと。異形だからこそ盲目の友魚と仲良くなれた犬王だっただろうに、彼は本当はそんなに健常になりたかったのかと。