劇場公開日 2022年5月28日

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「お前たちの物語を一人残らず聞いてやる。」犬王 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0お前たちの物語を一人残らず聞いてやる。

2022年6月7日
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鑑賞方法:映画館

室町時代の実在した能楽師犬王の物語、それだけの前知識。声も誰なのかさえも調べずに。
端っから、キャラクターデザインのしなやかさな体躯に魅了され、気分を掻き立ててくる音楽に乗せられ、この声は!と小躍りし、ほう、義満か、観世かと時代を確認し、憑き物が剝がれていくように美しなっていく犬王を追いかけていった。まるで、熱狂する群衆たちと同様に魅せられていた。
見事だった。将軍までも魅了した、謡いと舞い。さしずめ、盲目のロックスターと異形のダンサーをフロントに押し出したパフォーマンス集団。大がかりな舞台装置にも圧倒され、コール&レスポンスでトランス状態に陥る観衆たち。スクリーンからあふれてくる音楽は派手な現代のものであっても、犬王たちのパフォーマンスを目の当たりにした人たちが感じた衝撃を例えれば、まさにこのくらいの圧倒的な強度をもった刺激を受けたんだろうと想像できる。そりゃ熱狂するわ。
そして、なぜこれほど受け入れられた犬王が後世に名を残さなかったのか、それもわかる。施政者としては困るのだ、無秩序が。そして抑えきれぬほどに民衆が暴走することが。だから、並び立っていた南北朝の統一にあわせて、各地に散らばっていた平家の琵琶語りも統一させたのだ。その象徴としての幕府のお触れ。「覚一本」がそういう時代背景のもとに成立したのか、と目からうろこだった。ちょっとそのあたりの真偽を調べてみたくなった。ついでの、原作のに古川日出男の原作も読みたくなった(といってすぐにポチる)。

こうしてレビューを書いている自分のすぐそばにも、いまだ600年も成仏しきれぬ犬王と友魚の魂が彷徨っているような気がしないでもない。

栗太郎