劇場公開日 2020年10月23日

  • 予告編を見る

「親とは、子とは、家族とは、問いかけに心揺さぶられる」朝が来る kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0親とは、子とは、家族とは、問いかけに心揺さぶられる

2020年11月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

重い映画だ。
ドキュメンタリーと見紛うような演出。
観賞から2週間以上経っているのに、この映画のことが頭から離れない。間で他の映画も観たのに。
…河瀬直美、恐るべし!

特別養子縁組の制度を紹介すると共に、そこには二つの「対局の事情」が存在することを教えてくれている。
映画のストーリーは、産みの母を名乗る女が突然現れるサスペンスなのだが、養母(永作博美)と実母(蒔田彩珠)の両方の体験が丁寧に描かれていて、「対局の事情」を抱える二人の母親の両方に感情移入できるようになっている。
そして、時間と場所の組み替えが巧みで、上質のサスペンスでもある。

施設で、ある妊婦が取材を模したカメラに向かって、養子を待っている夫婦たちは唯一持てなかった子供を得ることで全てを手にするのだと、自分たちがそのお陰で助けられることは承知しながらも、不公平感を募らせている思いを吐露する。この涙のシーンは、子供を手放さなければならない彼女らにもやりきれない辛さがあることを示していて、胸が痛む。
育てられない親の子供を、産めない親の子供とする制度は合理的だが、人の心は割りきれない。だからこそ、浅田美代子演じる団体の主催者は、可能な限りの配慮をしつつ厳しいルールを課しているのだろう。

井浦新が無精子症と判明した夫の苦しみをにじませる。
特別養子縁組のセミナーで「来て良かった」と小さく呟く彼の表情と口調に、一縷の希望が見えた安堵が感じ取れる。

永作博美は、空港のロビーで泣き崩れる夫を抱き支える姿、赤ん坊を受け取って産みの親と面会したときのその産みの親である少女に向ける眼差し、友達を傷つけたと思い込んで謝る息子にかけるいたわりの言葉などで、深い優しさと包容力をみせる。
そして一転、産みの親を名乗る女に対して真実を見極めようと投げかける涙を浮かべた視線には、家族を守るという強い決意が表れている。

そして何より、蒔田彩珠が光っている。
なす術なく転落の運命を辿っていく少女の危うい姿が切ない。
純粋で、素直で、真面目な少女にはあまりにも過酷で、娘を持つ親である自分はいたたまれなかった。

最も蒔田彩珠に寄り添うべき母親(中島ひろ子)が彼女を責めるのだが、その心理は理解できる。理解はできるが、あの母親次第で少女の運命は全く違ったものになっていただろうと思うと、悲しい。
親とは、子供を信じて励まし支えていかなければならないのだが、思いどおりなならない苛立ち、無視できない世間体などから、いつの間にか親が子供を追い詰めてしまう現実。親である自分に「お前はどうだ?」と突き刺さる。
子供を信じ続けた永作博美と、蒔田彩珠を押さえつけようとした中島ひろ子は、母親像の対として描かれているようだ。

永作博美が蒔田彩珠を探し遂に見つけるラストのシークェンスは、この養母のできすぎなほど天晴れな行動に涙を禁じ得ない。
孤独で過酷な6年間を生きてきた少女に「朝が来る」のかもしれないと祈りに近い思いが込み上げる。
そして、エンドロールの最後、たった一言の台詞がとてつもない救いを示してくれるのだ。
…河瀬直美、恐るべし!

kazz