北の果ての小さな村でのレビュー・感想・評価
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棺桶に入れた花が造花なのは必然。では、何を言いたいのか?
始まって4分。グリーランドへデンマーク語を教えに若者が行くと言う導入部。若者が『グリーランド語を習うつもりです』と行政の指導官に話す。すると、偉い剣幕で『駄目よ。デンマーク語を教えに行くんだから、グリーランド語は覚えようとしないで!』って言う。
なんか嫌な予感がする。
これも地雷映画?
つまり、グリーランドってデンマークの植民地って事?
ある意味、アメリカ先住民に対する同化政策と同じだと言う事のようだ。
僕は、グリーランドの歴史の詳細は知らない。しかし、この映画に限って言えば、旅情を豊かにして、デンマーク政府の同化政策を正当化するプロパガンダ映画に見える。
地球温暖化になってグリーランドの氷河が溶けて、海面が何センチも上昇すると言うが、いつからそうなるのだろう。この映画見る限り、まだまだ大丈夫なのようだ。それに、地球温暖化になれば、沢山雲が発生して、やがて雪が降る。それは広大なグリーランドに降って、タップリの積雪になる。
それにグリーランドの氷は何℃で溶けるのだろうか?それは、ニューギニアの小学生でも分かる事。日本の『大の大人』だけが、グリーランドの氷は0℃以下でも溶けると思っている。
年頭に国王が『地球温暖化でグリーランドにも生活の危機が迫っている』と言うが、どんな危機なのだろうか?どうせ同化政策を推し進めるなら、農地改革を実行して、造花ではない本物の花が育つような品種改良の教育を施せば良い。また、住民をデンマーク本土(?)の農業労働に従事させる政策を考えるべきだ。(植民地ではないので、移民政策ではない)もっとも、この映画を見る限り、夏の沿岸部は氷が溶けている。それでも、世界の海面が上がっていないので『天気の子』の様に東京が水没する事は、今後無いと断定出来る。水没するとすれば、昔から叫ばれる地盤沈下なのだ。『東京ゼロメートル地帯』って死語になったのか?
また、パナマ運河へ行けば、潮汐の違いで、海面が上がる事のメカニズムが理解できる。つまり、
旅情由豊かなプロパガンダ映画だった。
しかし
『飲んだくればかりの島!』とは、失礼な言い草だが、デンマークから移住する人も余りいないようなので、やっぱり、観光資源はオーロラ位の島なのかも知れない。
追記
グリーランドや南極の氷が全部とければ、確かに海面は上がるが、造山運動が生じるので、陸地が上昇する。従って、海面は下がる。まぁ、ニューギニアの小学生には分からないので、日本の『だいの大人』にも分からないだろうが。
只々寒い・・
デンマーク人の青年アンダースはグリーンランドの極寒のイヌエットが暮らす村にデンマーク語の教師として赴任する。子供たちはまるで言うことを聞かないし村人も素っ気ない。
グリーンランドはデンマークの旧植民地だから先住民のイヌエットにしてみればデンマーク人の教師は目障りな存在、そんなアンダースが教え子を通じ村人の生き方に次第に理解を深めてゆく過程を綴ったドキュフィクション映画。
監督のサミュエル・コラルデさんは元はテレビのドキュメント畑の人、フランス東部の雪深い山村に育ったこともありオーロラの幻想的な雪国グリーンランドに関心が高かったそうだ、旅行中に映画の舞台となったチニツキラーク村を気に入り映画の構想を練っている時に知り合った教師が退職し新任の教師が赴任する話を聴きつけた、それが本作のアンダース先生ご本人、村人にも協力を依頼し映画化にのってもらったわけである。終盤の探検旅行以外はほぼ実話ベース、脚本はあるもののほぼ当人登場のドキュメンタリーだからドキュフィクション映画なのです。
イヌエットはモンゴロイドで日本人とも共通の遺伝子を持つと言われているだけあって昔の日本の田舎の子のようで親近感が湧いてしまう。探検家の植村直己さんも北極探検前にグリーンランドで犬ぞりや狩猟の訓練を積んでいたそうだ。
郷に入れば郷に従えという現実もあるのだろう、映画の終盤で教師を諦めて村人に同化してしまったかのように見えて残念に思えたのだが決してあきらめてはおらず、圧しつけ教育ではなく寄り添うことで教師としての自覚を得たようで何故かほっとした。
どういう生き方が良いかなど軽々に決められるものではないがいつまでも自然に頼った狩猟生活というのもリスクが高い、幸いレアメタルなど地下資源は豊富な国、可能性、選択肢を広げる意味で教育は全ての子らに必要ということだけは言えましょう。
個人的には観ているだけで寒くなるし観光としてもとても無理、子供が銃口をやたら人に向けるのに大人は注意しないところや犬の親子が軒下で凍えている様はちょっと頂けなかった、子連れの熊は狩らないデリカシーがあるのならもう少し気配りが欲しい気もする。
選択肢の多い不自由と選択肢の少ない自由。
劇場で予告編を観てから、興味が湧いて観賞しました。
で、感想はと言うと、素朴な感じで割りと好きです♪
ダラダラと鬱陶しくも暑い夏に一服の清涼剤と言うか、かき氷の様な涼しさ求めて鑑賞しましたが、夏には良いですねw
教師志望のアンダースがあえて人口80名の村に赴任を希望し、教師生活を始めるが文化や価値観の違いに四苦八苦しながらも打ち解けていくと言うお話。
ドキュメンタリーチックな作りでドラマらしいドラマは特に無いけど、グリーンランドの雄大な風景が迫力あって美しい。
チニツキラークでの生活に慣れ親しんでいくアンダースを通しての物語は静かに語りかけてくる様な染々とした良さがありますね。
それでも都会の文化が殆ど無くて、独特の習慣がある村での生活は見ていても大変さが分かる。
子供達は言う事聞かないし、大人達は腫れ物に触る様に接してくる。
日本でもある様な田舎に移住あるあるをもっと濃くした感じ。
正直、こう書くと住みたくない感じマックスだけど、住めば都と言うか、慣れればなんとかなったりするもんで、アンダースが生徒達と仲良くなっていって、村の住人たちとも親交を深めていく。
ただ、観ていく中で何故、アンダースはもう少し環境の良い所への赴任先もあったのにここを選んだのか?とか、打ち解けない生徒達はもちろん、チニツキラークの人々にも疎外感を感じていたのに、何故打ち解けてられたのか?と言う件が割りと曖昧で、いつの間にかそうなってた的な流れは、ちょっとご都合主義的な感じですっ飛ばした感はあるけど、そういった事も“まぁ いっか~”と思わせる厳しくも美しい風景や自然環境はなんとなく有無を言わさぬ迫力があります。
アザラシの解体やナイフを使った食事。美しいオーロラの風景。犬ぞり。白熊の親子。周辺の氷山の山山々。
日本には無い物ばかり。新鮮ではあるけど、生々しい現実の厳しさ。
そんな中でアンダースとなかなか打ち解けなかった生徒のアサーとの邂逅がなんか良いなぁ。
先生と生徒と言うよりも仲間な感じ♪
日本では溢れかえっている物が殆どなく、トイレ一つとっても不便この上ない。
これだけ何も無いと“本当に何も無いんだなぁ”と思いきや、自家発電での電気設備があるみたいなのでテレビはあるし、家の中も暖かそうで綺麗。
ちょっとビックリしたのは学校の教室の中に使われてはいなかったが、パソコンが三代も置かれてたのはビックリ。多分ネットで動画等は見る事が出来ないくらいの通信速度かと思うけど、パソコンがある事のギャップになんか笑ってしまった。
村の中での仕事の選択肢は15個ぐらいしかなく、殆どの子供が猟師を選ぶぐらいで、他の仕事を選ぶなら街に出るしかなく、だからと言って15~16歳で猟師を選ぶには遅すぎるので、子供達は10歳もいかない年齢で自分の職業を必然的に選ばなければならないと言う厳しい環境。
この子達もパソコンを触る事はあると思うし、ネットの先にある世界をどう捉えているのかがなんか気になります。
ただ、この作品を観ていて思うのは、沢山選択肢がある事が必ずしも幸せとは限らないと言う事。
物が溢れかえった環境では1つ1つの物事に無関心の無感動になりがちの中で、少ない選択肢で厳しい環境のチニツキラークの生活にちょっと羨ましくなる何かを感じました。
天気が良い事。空が綺麗な事。気温が過ごしやすい事。普段自分達が気にも止めない事に彼らの環境は気がついて嬉しくなったり、なんか考えたり。
普段の自分達でも考えられる事がもっともっと身近に感じられる環境の有り難さ。
文化も違うし、考え方も違う。何かが故障をしたなら、何日間も治す事の出来ない環境下。
住みたいなぁとは思わないけど、アンダースが今でもチニツキラークに住んでると言うのはそういう事なんだろうけど、自分も今の全てを捨てたなら、チニツキラークの環境に行けるのかな?と考えたりします。
それになんとなく気付かせてくれる暖かさと優しさがあって、ゴテゴテッとした作品を見続けると、一服の清涼剤の様な爽やかさがある作品です。
視野と見聞を広めてくれるなかなかな作品かと思います。
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