劇場公開日 2019年7月27日

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「哲学的な佳作」北の果ての小さな村で 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0哲学的な佳作

2019年8月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 グリーンランドが世界最大の面積の島でデンマーク領であることは世界地図の(デ)のマークで知っていたが、ツンドラの寒い島は想像するだけでつらそうで、行きたいなどとは露ほども思ったことがない。
 しかし本作品を観てオーロラや山脈、氷原のシロクマ、フィヨルドの海岸近くに姿を見せる鯨などの光景や、冷えて澄んだ空気、自然との直接的な関わり合いなどを想像すると、一度くらいは行ってみてもいいかなという気になる。
 舞台はイヌイットが住んでいる人口80人の小さな村だが、本作品を観る限り、封建的でも偏狭でもなさそうで、いわゆるムラ社会とは一線を画している。移住者に地域のルールを押し付けたり、行事への参加を強制したりすることはないのだ。
 ただ、移住者が地元の生活や文化を受け入れようとしない限り、受け入れられることはない。デンマークの役人のおばちゃんはグリーンランド語なんか覚える必要はないと征服者の居丈高な目線で語り、自分はそれで上手くいったと一元論を展開するが、地元民と触れ合い、地域に受け入れてもらいたい主人公は、それが間違った考えだということにすぐに気がつく。グリーンランド語を学ぶようになると、地元民はたちまち心を開いてくれる。それから後は教師として子供たちを教えるより、教わることのほうが断然多くなる。それで報酬をもらって生きていけるのであれば、これほど幸運なことはない。
 グリーンランドの生活は質素でストイックで都会的な利便性はまったくないが、見栄を張ることも嘘をつくこともない。ムカつく人間に頭を下げることもない。観念的な苦痛や不安や恐怖とは無縁の生活である。見て聞いて感じたものがすべてなのだ。美しい思い出は誰にも汚されることなく、美しいままだ。多分都会人はこの生活に耐えきれないだろう。しかし習うより慣れろという諺もある。一年間でも暮してみたら、逆に都会の生活に戻れなくなるかもしれない。どっちが人間らしい、幸せな生活なのだろうか。
 デンマーク語とグリーンランド語のみ使われる作品だが、「Une annee polaire」というタイトルのフランス映画である。訳すのは難しいが「北極の一年」みたいな感じだろうか。フランス映画らしく、実存としての人間にとって環境は如何にあるべきなのかと問いかける哲学的な佳作である。

耶馬英彦