「農家から種を奪い、人類の生命と健康を弄ぶ」シード 生命の糧 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
農家から種を奪い、人類の生命と健康を弄ぶ
去年2018年にアメリカのモンサントがドイツの製薬会社バイエルに買収されたニュースを見て仰天した記憶がある。メルケル首相のドイツの会社がトランプのアメリカの会社、よりによって悪名高きモンサント社を買収する意味がわからなかったからだ。
モンサントはかなり以前から食の安全の面で世界的に批判されている会社で、害虫駆除用の殺虫剤と、除草剤(ラウンドアップ)、遺伝子組み換え作物(GMO)を生産している。
害虫に困っている農家は殺虫剤を使うし、雑草を除去したい農家は除草剤を使う。しかし除草剤を使うと作物自体も枯れてしまう恐れがある。そこでモンサントは除草剤に耐性のあるGMOを売りつける。どっちに転んでも損をしない商売である。こんな商売が可能になるためには、食の安全や品質を管理する法律を都合よく捻じ曲げる必要がある。モンサントの巨額の利益の裏側には政治家の暗躍が必須なのだ。
今年2019年の5月には、モンサントは個人情報を違法に入手していたとフランス当局から疑われており、当局は予備捜査を開始した。ビデオゲームのバイオハザードに出てくる「アンブレラ社」並みの悪徳企業である。そしてアメリカの企業の大半は、こういった悪徳企業であり、政治家を動かして法律を変え、規制を変更させる。その影響力は諸外国にも及んでいる。言うまでもなくトランプはその手先である。ハンバーガーが好物というだけで食の安全など眼中にないことがわかる。
一方でアメリカの保健衛生局は世界に例を見ないほど厳しい。飲食店の衛生点検を実施し、結果によってABCのランク付けをしてシールを貼っていく。もしCのシールが貼られたら大変だ。その飲食店は不衛生と見做されて客が寄り付かなくなる。しかし衛生の基準に遺伝子組換えに関する決めごとはない。また残留農薬についての決めごともない。
要するにアメリカの行政はモンサント社に有利なようにしか動いていないのだ。どうしてなのかはみなが知るところで、いわゆるロビー活動であり、寄付金のためなのだ。今だけ、自分だけ、金だけという価値観が社会に蔓延すれば、庶民の健康被害など対岸の火事になる。
日本はどうかというと、アメリカの事情とあまり違わない。ある製パン会社は中国でさえ食品への使用を禁止している臭素酸カリウムを平気で使用し、製品には残留しないという不確かな理由を盾に材料にも表記しない。これに協力したのは国民の健康を守るのが役割のはずの厚生労働省である。
ある物質が存在するかどうかについての確からしさは検出装置のスペックに依存する。臭素酸カリウムが製品に残留しているかどうかは、検出限界までしか解らない。そこで厚労省は検出限界に近い値を基準に定め、それ以下をゼロと見做す決まりを作った。製パン会社が臭素酸カリウムは残留していないと主張する根拠となったのだ。食の安全など一顧だにしないやり口である。
その製パン会社のライバル会社であるPascoの敷島パンは以前、ホームページのトップに臭素酸カリウム不使用を謳っていた。食品メーカーとして誠実な態度だと思う。しかしいまではその表記はトップページからは削除され、「こだわり」の中の「安全・安心の基本」の一項目として臭素酸カリウムの不使用を表示しているだけだ。どこからか何らかの圧力があった可能性は否定できない。
利益のために政府官僚財界が結託して国民の税金を無駄遣いしたり人権を蹂躙したり健康を蔑ろにしたりする。もはや日常茶飯事である。そしてこの現象は日本とアメリカだけの話ではない。
さて本作品は種の話である。種は植物の生命の源であると同時に食料でもある。米は稲の種子であり、芽を出して稲になる。ピーナツもコーヒーも全部種だ。分子生物学の福岡伸行さんによると生命とは自己複製のシステムである。種は生命そのものである。なにせそこから同じ種がたくさん実る。一粒の籾から千粒の米ができるとされている。種はそれほどのエネルギーを持っているのだ。そしてそれを食べた生物のエネルギーになる。
その種が癌や白血病の原因になるとしたら、それは人類の生存の危機である。インドでたくさんの農家が自殺していることは知らなかった。日本で種子法が廃止されたのは昨年の4月のことだ。アメリカの農業大資本が日本の稲作に足を踏み込んでくるのは間違いない。誰がGMOの米を食べたいと思うか。
核兵器を弄ぶ一方で、農家から種を奪い、人類の生命と健康を弄ぶ。そんな政治家を誕生させて政権を担わせているのは我々有権者である。選挙が機能しなければ民主主義は機能しない。この映画を見て暗澹たる気持ちになったのは当方だけではあるまい。