「永遠の愛の獲得と喪失を同時に表現した巧みな脚本」燃ゆる女の肖像 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
永遠の愛の獲得と喪失を同時に表現した巧みな脚本
画家のマリアンヌは離島の貴族から娘、エロイーズの肖像画を描いてほしいと依頼される。
写真もない時代。
女性の肖像画を送り、相手が気に入れば婚姻が成立する、というのが当時の習わし。
エロイーズの母もまた、送った肖像画を気に入られて、この家に嫁いで来たのだった。
しかし、姉の死により、本土の修道院での暮らしを楽しんでいたところを呼び戻されたエロイーズは、結婚を望んでおらず、不機嫌だ。
マリアンヌの前に依頼された画家は、肖像画を描かずに帰った。エロイーズが、画家に、まったく顔を見せなかったのだ。
そこでマリアンヌは画家であることを隠し、“散歩の相手”として、エロイーズと接し始める。
マリアンヌは当初、怒りで心を閉ざしていた。しかし、エロイーズと徐々に打ち解け、信頼し合うようになり、やがて恋に落ちる。
この過程で、2人がどんどん美しくなっていくのが見事だ。
だが、肖像画が完成すれば、マリアンヌは島を去らなければならない。そしてエロイーズは結婚に向かうことになる。
映画の中の愛は、いつでも「時間限定」だ。
「スピード」のキアヌ・リーブスとサンドラ・ブラックが、事件が終わったあとも長く付き合っているかどうかを問うのは野暮である。
「スター・ウォーズ」のシークエル・トリロジーで描かれたハン・ソロとレイア姫の“その後”は、現代的なリアリティはあるが、苦い。
それでも映画は、描いた愛の強さを伝えるために、愛の永遠を表現しようとする。
本作では常に、「見る」「見られる」関係が意識される。
画家のマリアンヌは肖像画を描くためにエロイーズを観察する。つまり本作ではマリアンヌが「見る側」、エロイーズが「見られる側」にある。
マリアンヌが島を去るシークエンスは、劇中に登場するギリシャ神話のオルフェが伏線になっている。
オルフェは死んだ最愛の妻を取り戻すため、死者の国に下り、そこで妻を連れ帰ることが許される。
ただし、条件があった。
死者の国から地上に戻るまで、後ろを歩く妻のことを一度も振り返ってはいけないのだ。
ところが途中でオルフェは振り返ってしまい、妻は再び死者の国に落ちていってしまう。
オルフェが振り返ったのは妻を愛するがゆえである。そして、永遠に妻を喪うのだ。
島を去る場面。
マリアンヌは、エロイーズと短い抱擁を交わしただけで、足早に屋敷を出ようと階段を降る。追いかけるエロイーズは「振り返ってよ!」と叫ぶ。
マリアンヌが振り返って見たのは、踊り場に立つウェディングドレスを着たエロイーズ。
その姿は、マリアンヌが2度も見た幻と同じ姿である。その幻を見るシーンも、マリアンヌは「振り返って」見ている。
マリアンヌは「見る」、エロイーズは「見られる」。
これが2人の愛の関係である。
オルフェは愛の物語だ。
オルフェの深い愛と、と同時に、その愛が喪われることを表している。
マリアンヌはなぜ、振り返ることなく足早にエロイーズの元を去ろうとしたのか。
それはオルフェの物語が頭にあったからではないか。振り返ってしまい、エロイーズと永遠に会えなくなることを恐れたからではないか。そしてマリアンヌが2度も幻を見てしまったのもまた、その「恐れ」の深さゆえなのではないか。
と同時に、愛するがゆえ、その後のエロイーズの幸せを願ったからではないか。オルフェが振り返ったことで、妻は死者の国に落ちた。エロイーズの結婚が、彼女にとって「死者の国」にならぬよう、マリアンヌは振り返ろうとはしなかったのだろう。
ラストに入る後日譚が秀逸である。
後年マリアンヌは、絵の品評会にいる。彼女はギリシャ神話のオルフェを題材にした絵を出展していた。
そしてマリアンヌはそこで、エロイーズが描かれた肖像画を見る。エロイーズの手には1冊の本、そして28ページが開かれている。
そのページは、余白にマリアンヌが自画像を描いたページだ。
肖像画には、その人の価値観や大切にしているものを一緒に描く。マリアンヌは、エロイーズの愛の永遠を知る。
そして、ここでもマリアンヌは「見る」、エロイーズは「見られる」側だ。
さらに、その後、マリアンヌは音楽会でエロイーズを見かける。エロイーズは口を開けて、感情をたかぶらせ、涙を流しながら音楽を聴いている。
曲はヴィヴァルディの「夏」。それは、かつてマリアンヌがピアノで、エロイーズに弾いて聴かせた曲だった。
そして本作の最後のシーンでマリアンヌは、こう語る。「エロイーズは私を“見なかった”」。
そう、マリアンヌは「見る」側で、エロイーズは「見られる」側。これが2人の愛の関係である。島にいたときと変わってはいない。だから、確かに、ここに永遠の愛は存在している。
しかし、愛はあっても、2人はもう会うことはない。それは、オルフェと同じく。
ここに、愛の喪失がある。
この愛の永遠性と同時に喪失を表す、素晴らしいラスト。
喪われてもなお、残り火のように熱を持つ愛。2人の想いの深さと切なさに打たれる。
「28ページ」、ヴィヴァルディの「夏」、そして「オルフェ」。親密になっていく過程で語りあった音楽や文学が、すべて伏線となり、島を去るシーンと後日譚に意味を持つ。見事な脚本である。
それらが生み出す、観終わったあとに心に刻まれる余韻の深さ。それが心を掴んで、しばらく離さない。
傑作だ。