「主役のいない群像劇」ひとよ keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
主役のいない群像劇
最愛の子を守るために暴力夫を殺害した母親が刑期を終え、その事件によって人生を大きく狂わされた3兄妹の元へ15年ぶりに帰ってくる、その再会の行方を描いた舞台劇の映画化です。田中裕子、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、佐々木蔵ノ介、筒井真理子、音尾琢磨等の一癖ある俳優連が揃いつつも、明らかに特定の主役のいない、集団群像ドラマといえます。
ただ登場人物の皆が皆、親子の柵による桎梏とトラウマを抱え、それを乗り越えられずに苦悩し、己の生き方を見つけられず踠いています。己の居場所が見つけられず、生きる道筋が定まらず、己の拠って立つ基盤を持てずフラフラと浮遊して彷徨っている、多くの現代人の表象でしょうか。
カメラも、登場人物の誰の目線でもない視座に置かれ、映像は極めて客観的に且つ冷徹に撮られ切り貼りされている印象で、恰もドキュメンタリードラマのような体裁でもあります。
また上映される122分の間、画面はひと時も静止することはなく、常に動き、そして揺れています。カメラはフィックスされず、パンしたり手持ちであったりして不安定なままです。アクションが少なく室内劇が主体となるにも関わらず、寄せカットにせず、殆どが引きカットで構成されており、誰かの感情的な抑揚よりも集団全体の空気感を画に漂わせます。多くの場合、重苦しく暗澹とした濃密な空気感であり、苦悩し踠き続ける人物たちの焦燥感と閉塞感が満ちています。
これらの視覚効果により、観客は、終始不安感と鬱屈感を昂められ、落ち着かない遣る瀬無い気持ちに晒されます。
物語の枠組みが示され、人物像が徐々に浮き上がってくる前半は台詞ばかりであり、作品の方向が見えてきた後半に漸くBGMが挿入されていくのも、効果的でした。
本作は、今、最も脂が乗っている監督の一人である白石和彌監督の、今年公開された三作目の新作です。
白石監督は、人間の心の奥底に潜むダークな本質を曝け出させ、対峙させ、そこに生じる荒ぶるドラマを作品化してきているように思います。本作もその延長線上に位置しているといえますが、「荒ぶるドラマ」まで行き着けたかについては、やや疑問です。