「謎解きではなく、復讐劇」9人の翻訳家 囚われたベストセラー superMIKIsoさんの映画レビュー(感想・評価)
謎解きではなく、復讐劇
本作は非常に複雑な展開で、原作を流失させた翻訳家は誰なのか? その謎を解いていくことが本作の見所のようになっている。でも実際はそんな謎解きが本筋ではない。
本作は自分の才能を見出してくれた教授を殺し、火事と見せかけて焼死させた犯人を自白させるために仕込んだ罠なのだ。そこのところが分からないと、ただの複雑なミステリーという印象になってしまう。
犯人=主人公はミステリー小説を芸術として溺愛している人間で有り、作品を翻訳する翻訳家も作家と同様、芸術家であると思っている。出版社社長はその芸術家を金で雇い、金を生み出す道具としか考えていない。
前作2作品で社長は本作と同様の方法で、翻訳家を幽閉して翻訳させてきた。その手口が主人公は許せなかった。彼は芸術家である翻訳家の扱いに強い憤りを感じている。その復讐の舞台に最終作翻訳の場を選んだ。
主人公が翻訳者の扱いだけの抵抗であれば、ここまでの計画を実行することはなかっただろう。しかし恩師を殺したにも関わらず、殺人者である社長はのうのうと金儲けのことだけを考えている。それが主人公は許せず、自白させる計画を同時に遂行していく。
この辺りの展開が複雑でどうしてここまでのことをするのか分からない人も多いようだ。翻訳家仲間を犯行に引き入れていくのは、翻訳家を軽んじたことへの復讐だ。自分がどうしても翻訳家として雇われなければならなかったのは、恩師の殺人に対しての復讐の為だ。
元々主人公は作家としての才能も金にも執着していない。逆に自分の作品が大ベストセラーになったことに戸惑いを感じている。彼は只一人自分を見出してくれた教授に認められたかっただけなのだ。それを理解して観ると本作は謎解き劇ではなく、復讐劇であることが良く分かる。
作家志願の主婦が作品を酷評されて自作を燃やされ、その後自殺するシーンがある。特に筋に関係の無い場面のようにも思えるが、実は作家の心情を伝える強烈なシーンであり、主人公が復讐心を募らせていく重要な場面だ。
鑑賞後に本作の音楽が日本人であることを知って驚いた。映像的な音楽で実に素晴らしかった。
ラスト、復讐を終えた主人公が去る姿がさらりと描かれていて実にやるせない。