「自分がずっと考えてきたことだった」歎異抄をひらく たかすんさんの映画レビュー(感想・評価)
自分がずっと考えてきたことだった
ニュースとかで凶悪事件を観ると、犯人がその事件を犯した事実から頭に入ってくるから、他の国民と同様、怒りの心に満ちてくる。ところが、映画やドラマで犯人視点の描かれ方をしていると、どこか同情できたり、なんなら上手くいくように応援している自分が見えてくる。もしかすると、人間は誰でも、まだそういう縁が来ていないだけで、生まれてきた環境とか置かれた状況次第で何にでも手を染めてしまうのではないかとずっと思っていた。そう考えると、単純にこの人は善人、とか悪人とか区別できないんじゃないかと思った。もし一時的に人間の判断で区別したとしても、それはまた時間が経過して状況が変われば変わってしまうものである。
この歎異鈔の映画と解説本を読んで、そこがよく納得できた。映画の冒頭でなぜ人間は魚を捕るのか、というシーンがあったが、よくよく考えれば、私たちは当たり前のように動物を殺して食べ、本当に無意識のレベルで大量の罪をおかしていることが分かる。おいしく残さず食べることが、人間のできる最大の罪滅ぼしのようになっているが、動物からすればたまったものじゃない。本当に無意識のところで、「自分さえ良ければ」という心が根底にある。動物を殺して食べていることは分かりやすい話だが、他にも無意識のうちに私たちが行なっている膨大な悪行が、仏の眼からははっきりと見えるのだと思う。
たしかに、外面さえ良ければ心の中でどんなに人を殺していても善人なのかと言われると違和感がある。腹黒いという言葉に良いイメージが無いのと同じことだと思う。
「すべての人間は悪人」というのは歎異鈔の重要なテーマの1つであり、また理解が最も難しいものだと思う。しかし、ここを理解することが仏教を深く理解することに繋がると思う。