アンダー・ユア・ベッド(2019)のレビュー・感想・評価
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原作より映画の方がいいのでは
原作をチラ見したら、映画より登場人物が深堀されていた。でも、DVする理由やら、ストーカー行為の理由やら、それは説明しても納得を得られるはずもないし、ダラダラ語られるより映像でぱしっと示した方が私はいいかなと思った。
特に、オチは絶対映画の方がいい。原作は夫を殺したあと千尋と三井が一緒にコーヒーを飲んだり、「僕、三井です……覚えてますか?」と言ってしまったりするので、いやそれは無いだろと思う。そんな行動力あったら初めに家特定した時に名乗ってるわい。
やってることはかなりキモイ三井くん。でも目がキラキラしすぎてて、30歳まで独りでいたやばい人だと言うのを忘れそう。それほど、千尋さんへの恋は素敵なものだったんだね……。
興信所はそんな簡単に個人情報を出してしまうのか、三井くんはそんな簡単に店を出してしかも生活成り立つのか、夫が妻の居場所特定するのが早すぎて超能力でもあんのか、と色々ハテナは浮かぶけど、とにかく、オチがいいと思った。
あと、三井が「千尋が欲しいか?……それは、答えられない。人を幸せにする方法が分からないからだ」と心でぶつくさ言うところが、この人は認識される人生であれば、きっと優しいとか言われて幸せだったのになーと思えるところだった。異常者かもしれないけど、三井は水嶋とも濱崎健太郎とも決定的に違う心を持っているのが分かる。とにかく、高良健吾さんって綺麗な顔ですね。
この映画見てからしばらくは、健全なラブソングが全て三井くんのアブナイ心境に聞こえます(笑)いや、三井くんだって、ボタンがかけ違えなければ、普通の恋する男のはず……。
【存在感無き男の、哀しくも深い”無償の愛”を描いた作品。】
<Caution! 以下、内容に触れています。>
・三井は、11年前の大学生時代に、只一人、自分の存在に気付いてくれた千尋の”匂い”を、もう一度だけ嗅ぎたくて、ベッドの下で息を潜めていたのだろう。
決して、江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」や「人間椅子」で描かれた、倒錯した欲望故の所業ではなかったと思いたい。
・だが、愚かしき千尋のドメスティック・バイオレンス夫の所業に気付き、その思いは、”千尋を守る!”という思いに変容していったのであろう。
- 綺麗ごとを言うつもりはないが、愛した女性に手を挙げるような男は、生きる価値無しであると思う。そのシーンを見るのも嫌だが、2回目だったので我慢して鑑賞。ー
・その様を、三井を演じる高良健吾が、自身の淡々とした効果的なモノローグと、そして抑制した演技で魅せる。
・アロワナを飼育していた男の行った所業と、三井の行った所業では、動機が決定的に違う部分も、さりげなく描かれている所も良い。
<ラスト、三井が警官に自らの所業を自白しているシーンで、全てを思い出した千尋が、”三井君!”と名前を呼ぶシーン。振り返った三井の顔・・。
・・少し、涙が出た・・。>
<2019年10月19日 出張先の長野相生座/ロキシー座にて鑑賞 鑑賞記録なし>
<2021年2月2日 別媒体にて再鑑賞>
これはただのホラーではない
考えて見てほしい。
もしあなたの眠るベッドの下に、何者かが息を潜めていたとしたら…。
都市伝説にもありそうなこの設定から物語は始まる。
静かに、ただ静かに、好きな人を見守りたいと思う気持ちが常軌を逸していく主人公。
相手は、たった一度コーヒーを一緒に飲んだだけの関係。
恋人でもなく友達ですらない。
でも、そのコーヒーを飲み話をすることが主人公にとってはどれだけうれしく幸せな時間だったことは想像にかたくない。
相手は結婚して子供もいるが旦那からの酷いDVでぼろぼろにされている。
助けたいのか?自分のものにしたいのか?
相手を思うということがどういうことなのか、
考えさせられる。
すきな相手のベッドの下に潜む主人公は、常軌を逸しているけれど、
誰かからもわからない花を待ち望む彼女もまた、少し道を外れている。
名を名乗るわけでもなく、ただそばにいたいと思う気持ち。
ベッドの下から届くはずのない手を伸ばす主人公が切ない。
どんなに彼女を思っても、DV旦那のように彼女に触れることはできない。
できなくても彼女を思う。それはエゴなのか。
最後に名前を呼ばれ、存在を認められた彼はこれからどう生きていくのか。
彼女との関係が、恋人でないにしろ残ってほしいと願った。
不幸を追う女
最後は『良かったね!』と思えた!
承認欲求が溢れるこの世の中で、親からも『忘れてた』存在として生きる青年のたったひとつの『しあわせ』の記憶。それだけを頼りに生きてきただけなのに…
でも最後は『良かったね(;∇;)』と思ってしまった。
高良くん、あの綺麗なお顔忘れられるなんて…
化ける予感
氷菓を見たとき「おや」と思った。
この映画が原作の面白さに依存しているのは解る。
また、かの京アニの厖大な仕事をそのまま絵コンテにしているのも解る。
ただし、個人的に、映画は面白かった。
山崎賢人マイナスがあったけれど、本郷奏多プラスがそれを覆い隠していたし、氷菓は、個人的に傑作だった。
その根本的な理由は、安里麻里のホラーテイストにあったと思う。
この意外なB級出身監督の才能は暗澹の空気づくりであろうかと思う。
もとよりホラー色がない氷菓の謎解きが、中村義洋の残穢を思わせる暗い雰囲気のなかで語られる。千反田家の暗い陰影など殆ど犬神家のように見えた。その暗さが、類型的な学園ものにおちいるのをふせぎ、かつホラー映画の演出的間合いによって、萌えを提供するはずの「わたし気になります」さえ呪詛のごとくに聞こえた。
安里麻里は日本映画界でここのところぜんぜん生まれてこなかった「面白い映画をつくれる監督」ではなかろうか。この映画はそれを裏付けるものがあった。高良健吾ゆえにキモさがまったく無いのに加えて暴力夫との対比でほぼ彼が正義に見える。ありがちなストーカー話だが、人称の変わるナレーション、バイノーラル風な録音、マンデリン・・・それらが暗澹の空気感のなかで語られることで尺を乗り切る楽しさがあった。
切ない
副音声
常に高良健吾のナレーションによって設定が説明されるスタイルの副音声映画。そのせいでドキドキハラハラすべき箇所がそうならず、退屈の極み。
そもそも高良健吾が誰にも記憶されないようなインキャっていう設定が無理ありすぎで、2回目グッピーをプレゼントしたときに女がなにも覚えていないってミスリードをかけるのに、違和感がありすぎる。インキャはそんなこともあるのか...と騙される必要があるのに。
このキャストじゃないと客が呼べないって話なら女優のキャスティングを頑張るべきだと思う。
後半は面白かった。過剰に臆病で助けに行ったのに何もできない高良健吾。笑った。インキャが忘れられないためには人を殺して救えばいいじゃんというオチも。まぁ原作読んでて知ってるんですけど。
最後に女はどう思うか
もし誰かいるなら、お願い。私を助けて
映画「アンダー・ユア・ベッド」(安里麻里監督)から。
観賞後、他人のレビューを読んで驚いた作品の一つ。
多くの人が、作品を絶賛し、高評価を与えていたからだ。
私には「ストーカーVS一途な愛」がテーマではなく、
自分の感情に任せて妻に暴力を振るう男と、
その夫の暴力から、逃げようとしない女の行動の方が、
主人公のストーカーより印象に残ってしまった。
だから、この作品を思い出すフレーズとして選んだのは
夫からのDV被害に疲れた彼女が、自宅に他人の気配を感じ、
「もし誰かいるなら、お願い。私を助けて」と呟いた台詞。
いくら主人公が存在感のない役割と言っても、11年前に
一緒にお茶を飲んで、熱帯魚のグッピーまでもらう約束をし、
さらに、当時と髪型や雰囲気、声も変わっていない異性を、
忘れてしまうことなんてあるのだろうか?という疑問が、
最後まで違和感として残り、作品に没頭できなかった。
11年って、長いようで意外と短いんだよなぁ。
グッときた!
ただのストーカー
犯罪者が主役なんだけど悪じゃない
大石圭原作ということを知らず、タイトルとあらすじが江戸川乱歩の《人間椅子》を彷彿とさせたので、観にいきました。
高良建吾さんって、どこか気持ちの悪い雰囲気があって、
今回の三井くんにはぴったりでしたね。
もう少し気持ち悪くてもよかったかもしれません。
原作者の大石圭という作家さんは犯罪者を主役にすることが多いそうですが、
絶対に悪にしたくないというポリシーがあるそうです。
いいなぁ、そういうの。
今回も単なるストーカーの話ではなく、ターゲットの幸せを願う純粋な想いが、観ている側をいつの間にか応援させていたりして、
三井が意気地がなくて行動できなかったときも、
本気でイラついたりしましたもん。
しかし観終えて思うに、
この作品の本当のヤバイやつはこの夫だし、
千尋も自分に原因があると早いうちに気づけばこんなことにならなかったろうにと思ったり、
いろんな意味でイライラさせられた作品でした。
強いて言うなら、乱歩が持つ壮美な世界観を演出してくれたら、
もっとよかったのになと思ったり。
これじゃあ色気がなりないなぁと。
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