「今年の静かな名作の一本」アンダー・ユア・ベッド(2019) ありきたりな女さんの映画レビュー(感想・評価)
今年の静かな名作の一本
センセーショナルな前情報だけに踊らされると非常に勿体ない作品。
本編はとても真面目に丁寧に作られていて、かなり論理的なように思えた。
何故なら彼の行動の動機の全ては"もう一度名前を呼ばれたい"という唯一点であることがブレないから。
名前とは相手の存在を其処に認め、その呼び名や呼び方によって相手をどのように捉え想っているのか、一瞬で透けて見えてしまう。
少なくとも私はそう思って生きてきた。だから名前を蔑ろにする人間を許せずに生きてきたし、名前のためにここまで行動する三井の行動や心理はごく当たり前に腑に落ちてしまった。
「人間にとって一番辛いことは忘れられることだ」というような台詞が挟まれていたけれど、
その逆に三井が千尋を思い出す時のそのあまりの記憶の鮮やかさに、彼女が我々の目の前にも匂い立つように存在を感じる、その哀しさ。
大きな目とサラサラの髪、花柄の服。
マンデリンの香りや百合の花を彷彿とさせる香水。
11年経ってそれを"再現"しようとしたマネキンや、サイフォンで淹れるコーヒーの様子が、まるで違って見えてしまう淋しさ。
"忘却"の象徴として登場する父との記憶や学生時代のエピソード。そして地中の虫たち。
10日に贈る花束に添える手紙を書くときは、決まってペンを走らせる音がキーキー鳴るその不快さ。(意図的な演出だと思う)
忘れ去られた人生を映すスクリーンはあまりに生気がなく、だからこそ写真を見て自慰をした時に放たれた白濁にすら生を感じる。
こうして"或る男の半生と恋"が静かに紡がれるのだけれど、十分すぎるくらい無駄がなく淡々としながら感情をきちんと感じさせる塩梅が素晴らしかった。
兎にも角にも、高良健吾さんの芝居に尽きる。ベッドの下での恍惚とした、それでもどこか虚無感を湛えた表情。
ラストにやっと本望を遂げた瞬間の、徐々に本心の滲み出る様子。圧巻。
これだけで観て良かったと思える作品。