劇場公開日 2022年2月4日

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「前半と後半でテイストを変える見事なバランス!まさか感動するとは……」ゴーストバスターズ アフターライフ バフィーさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0前半と後半でテイストを変える見事なバランス!まさか感動するとは……

2022年2月17日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

「ゴーストバスターズ」といえば、舞台はニューヨーク。マンハッタンをところせましと暴れ回るゴーストたちに、さえない中年男たちが立ち向かうというのが醍醐味であり、そこは2016年版『ゴーストバスターズ』においても、性別を置き換えただけで軸となっていた。

しかし、今作の舞台となるのは、ラストベルトのようなオクラホマ州の田舎町。今までニューヨークが舞台だったというのに、田舎町が舞台というのは、スケールダウンしてしまうのではないかという不安もあったが、この設定には大きな意味が隠されている。

『ゴーストバスターズ』『ゴーストバスターズ2』に登場したイゴン・スペングラーの死、そして生活苦を受けて田舎に引っ越してきたスペングラー一家が今作の主人公だ。

これは、娯楽作の舞台となるのは、何も都会だけではなく、田舎町にも問題は発生するということへのメタ的視点というのは、考えすぎだろうか。

変人といわれていた父の存在に苦しんだ母とその子どもたちが、田舎に移住してきたことで感じる疎外感など、前半では人間ドラマが濃厚に、そして丁寧に描かれながらも、ところどころに過去作を連想させるアイテムやガジェットが散らばっている。

アニー・ポッツも2016年版の際の別キャラクターとしてのカメオ出演ではなく、ちゃんとジニー役として登場する。

今作の主人公は、マッケナ・グレイス演じるフィービー。フィービーの視点でイゴンの遺したものが何なのかを探求していく様子は、30年ぶりにイゴンがどうしていたのかを探っていく、観客の視点にリンクしていくのだ。

誤って逃がしてしまったゴーストを、捕まえるために、お馴染みのつなぎを着て、フロトンパックを背負い、エコーに乗って奮闘するフィービーの雄姿は、イゴンのDNAを確かに感じさせるの同時に、不意に逃がしてしまった自分たちの責任において、ゴーストを捕まえなければならないという使命感の目覚めへの誘導にも繋がっており、ジェイソン・ライトマンと『モンスター・ハウス』のギル・キーナンによる見事な脚本力を感じられる。

ゴーストのデザインも、変に現代的にトゲトゲしいものではなく、オリジナル版のテイストを尊重しており、再登場するゴーストドッグも観たことのある形状での登場で嬉しい。

ジュブナイル映画でもあり、リブートのような要素もあって、二重に楽しめるシーンの数々で、このままでいいと思ってしまう。

『ゴーストバスターズ』という作品が、子どもたちの成長を描いた作品だと勘違いしそうになっている観客に「これは続編なんだ!」と決定的に感じさせる展開へと発展していき、ちゃんと娯楽映画だと感じさせる畳みかけも見事だ。

そこには2014年に亡くなってしまった、イゴン役のハロルド・ライミスの姿も。30年越しの『ゴーストバスターズ3』の実現とも思える展開は、現実のハロルドの死とイゴンの死が、もはや反則的にリンクしている。

亡き友にかけることができなかった言葉が、それぞれのキャラクターとしてでもあり、演じている俳優そのもの言葉としてでもあるという、メタ的な二重構造によって、 感動しないではいられないシーンを作り出している。

大量に盛り込まれている小ネタは、セリフにも多く表れているが、一番印象的だったのは、『ゴーストバスターズ』の「次は神かと聞かれたら、”そうだ”と答えろ」というセリフへのアンサーもあることだ。

バフィー吉川(Buffys Movie)