マイ・ブックショップのレビュー・感想・評価
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鑑賞動機:書店10割
タイトル/著者が確認できたのは…
『華氏451度』レイ・ブラッドベリ、That Uncertain Feelings. キングスリー・エイミス、Collected Poems. フィリップ・ラーキン
『火星年代記』レイ・ブラッドベリ
『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ
A High Wind in Jamaica. リチャード・ヒューズ
『たんぽぽのお酒』レイ・ブラッドベリ
でした。
ブラッドベリしか読んだことないけど『刺青の男』『ウは宇宙船のウ』もぜひ勧めてあげて下さい。
冒頭の語り手は誰なんだろうと思ってる間にストーリーが進んで忘れてしまう。うまい手口。
読書に対して揶揄する銀行員への、フローレンスの返しが的確過ぎて噴き出す。そもそも寝てるんだから何をあれこれ言うのかね。
『しあわせへのまわり道』ではとても素敵な役柄だったクラークソンが、全く別人のえげつない人物を演じていて恐れ慄く。「私は気に入らない」認定した後の人間の恐ろしさは、いつでもどこでも変わらないのね。怒涛の追い込みかけてくるが、あまり直接的に描写しないのが余計にコワイコワイ。
終盤それまでの仕掛けが効いてくるのが好き。派手さもほのぼの感もカタルシスにも欠けるけど、むしろそれで良かった。
良質な内容の物語には悪意に満ちた人々のむき出しの欲望が隠れる。
そして良質と善意は年齢と性差を超えて悪意に立ち向かう‼️そんな知性に彩られた物語が好きだ🎵しかしこの作品最後は救いがなく、辛うじて次世代にその意思は引き継がれることによりカタルシスを少し残す。イギリスっぽいと言えばイギリスっぽい。「良質」の描き方がとても和やかでよいので辛うじて★4。「悪意」が最後まで際立つ映画であった。
「人間は滅ぼす側と滅ぼされる側に分かれている」
スペイン、イギリス、ドイツ合作
映像や映画の雰囲気がイギリス映画っぽいと思った
(原作や舞台はイギリスですし)監督はスペイン人の女性なんですね
どことなく清潔感漂う、品の良い作風は原作、脚本家も女性である事
からくるのかもしれません
主人公フローレンスは特に魅力的でもなく特別本好きにも見えず
書店経営に対する熱意のようなものもあまり感じられなかった
そのせいか、ラストの、この映画で伝えたかったことは「勇気」だと
いうナレーションも心に響かず
そのナレーションは、書店でアルバイトするこまっしゃくれた
知的な少女クリスティーンの言葉
この子役は非常に良かった
自分の役どころをよく理解していたように思える
地で、演技っぽくなく振舞っていただけかもしれませんが
「やられっぱなし」の書店側の登場人物たちの中で
それなりに効果のある抵抗らしい事をしたのは
事の是非はともかくクリスティーンだけだったように思える
そういう意味では確かにあれ(書店を「ガマート夫人(権力)の
思いのままにさせない為に」燃やすこと)は
「勇気」と言えなくはないかも
ひきこもりの読書家の老人ブランデッシュも勇気を振り絞って
ガマート夫人に抗議に行ったのかもしれないが、
行く前から結果は見えていたので「やられ役」のようにしか
思えない(死ぬとまでは思わなかったけど)
フローレンスを招待しての「お茶の時間」はイギリスらしく、
でも微妙な空気に、ハラハラしながら見ました
(フローレンスにとっては歳の差を別にしても、
恋愛対象にはならないだろうと思えて)
彼がフローレンスの書店経営のアドバイス役で
興味を持ったのが、ブラッドベリの「華氏451度」で、
すっかりファンになってしまったのが面白かった
文学小説好きな人ってSFを軽視しがちですからね
ナボコフの「ロリータ」は、途中までしか読んでいないけれど
エキセントリックな話で物議を醸したという事なので
(日本で使われる「ロリータ」という言葉とは随分趣が違うようです)
書店経営が困難になるきっかけとして、相応しいなと思った
しかし、一書店でいきなり250部も注文するのは現実的ではないと思う・・・
女性監督らしいキャスティングと思ったのが、ガマート夫人
恐らく男性脚本・監督だったらわかりやすい高慢ちきで嫌みな女に
したであろうガマート夫人を、見た目も立ち居振る舞いも品の良い、
高貴な印象の老女にした
そして、白い顔+きりっと結ばれた薄い唇に鮮やかに引かれた、
異様にはっきりと、濃い口紅の色
これが、じわじわと滲み出る嫌な(権力の)圧力や
驕りのようなものを言外に匂わせていて効果的
この作品の中で印象的だった言葉
「人間は滅ぼす側と滅ぼされる側に分かれている」
私は「滅ぼす側」は、自身が滅ぼされる事に怯えながら生きなければ
ならないし、「滅ぼされる側」になる事も多いと思う
ラストで書店を「抵抗」の為に燃やし(炎上する書店=クリスティーンの
権力へ、されるがままのフローレンス達への怒り)
本好きではないと言いながら、長じて書店を開くクリスティーンにとっての
「マイ・ブックショップ」は「抵抗」と「勇気」の象徴なのかもしれない
渡る世間は鬼ばかり・・
原作のペネロピ・フィッツジェラルドは30代の頃サウスウォールドの書店で働いており自身の体験も織り込んでいるのだろう。健気な戦争未亡人に慈悲どころか地元の権力者はもとより街中が利己的で残念な人ばかり、特に友人を装って裏切るBBCのミロ・ノースの背信は許しがたい。
唯一の理解者の老人もあえなく逝ってしまい心清き人がただただ虐げられる様を観せられるのは辛い。
ようやく最後に来て意趣返し、決して褒められる報復ではないのだが監督は情熱の国、スペイン人なのでどうしてもこのままでは終われなかったのだろう。
劇中でも手伝いのクリスティンが主人公のフローレンスに「あなたは優しすぎる、優しすぎる・・」とたしなめるセリフがあった、貧乏な家のせいなのか大人の世知辛さを子供の方が理解しているという悲しさは何なのだろう。
映画なのだからナレーションで要約せずに映像で表現すべきと思ったが最後になって声の主が長じて書店を営むクリスティンと分かって驚いた。それにしても知る由もない銀行家とのやりとりまで観ていたように主人公の心情を語るのは無理があろう。
フローレンスは時代に屈したが本を愛する志はクリスティンの中に生きていますという溜飲の下げ方は通俗的で分かり易いが、散々、ペシミズムに寄せたのなら「善良さとははかなきもの」として終わる覚悟が欲しかった気もする。
第二次世界大戦後のイギリスの田舎町に余所者の寡婦がやってきて、 そ...
第二次世界大戦後のイギリスの田舎町に余所者の寡婦がやってきて、
その町に久しくなかった本屋を開く。
という設定だけ聞くと、何か、ぬるい感じの物語かと思いきや、
どうしてどうして、引き込まれる。
物語も登場人物も全体的に静かなのだけれど、
なんだろう、登場人物から発せられる情念みたいなものなのか、
何かパワーを感じる。
寡婦フローレンスの書店経営を邪魔しようとする地元名士夫人のバイオレットの
凛とした雰囲気、静かなる嫉妬、冷酷さ、頑迷さとか。
読書だけで日々を過ごすひきこもり老紳士エドマンドとフローレンスの
静かなプラトニックな愛とか。
何となく主人公の成功物語を期待してしまう観客の一人としては、
様々な困難に見舞われるフローレンスに
救いの手が差し出される展開を望むのだけれど、
何もなされない。
結局、フローレンスは書店を廃業させられて田舎町を去るのだから
アンハッピーエンドなんだろう。
でも、観終わった嫌な気分にならないのはなぜだろう。
かっこいい老人のお手本
ビル・ナイ演ずるブランディッシュ氏が素敵。
特に「あなたとは別の人生で出会いたかった」という告白がかっこいい。
「大人の事情」でやりきれないことばかりで、めっちゃ暗くなりそうな物語の中で、子供達の活躍が救い。彼や彼女達が画面に現れるだけでほっとする。
音楽が素敵。チェロの独奏だと思うけど、イギリスの海辺の小さな街の風景とよくマッチして、映画の雰囲気を形づくっている。
作品中では語られないけれど、ガマート夫人とブランディッシュ氏の間には、その昔いわく因縁があったに違いない。
表情と仕草だけでそう思わせるパトリシア・クラークソンの演技が凄い。
そうか、これはたぶん恋愛映画なのだ。叶わない恋。叶わなかった恋。亡き夫への思慕。
ゆっくりとページをめくる様に始まり終わる物語
好きな映画。良いとか悪いとか言う以前に大好きなヤツでした。
まずは画の話。予告編を見た時から、色使いは良いなぁと思っていましたが、冒頭のシーンで「線」の引き方(スクリーン上の)の美しさに目を奪われました。海岸の石垣、背後の林の上縁が作るライン、歩く人物の軌跡。左右に流れるラインが平行せず、角度を持たせて配置した上で色を塗る。そこから先は画面上に描かれる線と色を眺めるだけでウットリで。イヤぁ、めちゃくちゃ良い。
色も好き。煉瓦色に緑の屋根。フローレンスとクリスティンの衣装。海と海岸線の四季。特に、ダークシーグレーの海と暗色のフローレンス達の服装での心象表現とか、好き。書棚の宇宙感は言わずもがな。
次に台詞。話し言葉と言うより、文章を読んでる様な、ブランディッシュの語り言葉の美しさに惚れる。彼に取っては全てがSmall thingなのか。世捨て人の口から出て来るこの言葉は、一番大切なモノを指す時にも使われました。「美徳とは勇気」。
関わって来た者全員が、悪意の敵。歯向かう事もせず立ち去るだけのフローレンスと、少女の破壊工作。美徳が勇気なら、悪徳は悪意への非反抗。これヌーベルバーグっぽくないか、と思っているうちに時は流れて、マイ・ブックショップの種明かし。
本を破り捨てて火にくべていたブランディッシュに届けられるのが華氏451で、ロリータの箱を開けるのがブロンドの少女と言う、象徴性の分かりやすさはサービス。
エミリー・モーティマーが愛らしくて良かった。年齢には触れないけれど。
第二次大戦を空軍で戦ったと言うブランディッシュ。誇り高い戦士の最期が自宅前の発作ってのが、俺的には哀しかったりして。
素敵!でもカタルシス不足。
まず正直、「えぇー!ラストこう着地しちゃうの!?」と物語としては個人的に消化不良感が否めない。
でも素敵なところもたくさんある作品ではあった。
戦争で夫を亡くした本好きの主人公・フローレンスは長年の夢だった、町で唯一の書店を開店させる。
クリスティーンという聡明で気の合う少女も雇い、経営は一時はうまくいくかと思われたが、彼女が書店を開店させた物件を狙っていた町の有力者に妨害され、
結局は店を手放し、町を離れることを余儀なくされる。
フィクションの中でくらい善意の側に勝ってほしい(勝たなくてもせめて救済はほしい)身としては、フローレンスが町を去るラストにモヤモヤが残る…。(たとえ彼女の志や勇気はクリスティーンに受け継けついだとはいえ。)
ちなみにこの作品、割と嫌な奴等が出てくるのでこれから観る方は心したほうが良いかも。
でも、イギリスの田舎の風景の閉塞感と美しさ(灰色の海、風にそよぐ穀物。どこか日本みも感じる)は良かったし、主演女優さんはチャーミングで素敵だった。
劇中の書店や登場人物の衣装もお洒落で素敵。フローレンスやクリスティーンのお洋服がとても可愛くて印象的だった(作中で不評だった赤い(深い栗色)ドレスも素敵だった)。
あとは私の心を打ち抜いた初老の読書家・ブランディッシュさん。彼の不器用な愛にきゅんきゅんした。
切ない瞳、不器用な掌へのキス。フローレンスの力になりたくて、引きこもり気味だったのに外に出て単身ボガート夫人邸に乗り込む(でも最終的に暴言を吐いて立ち去る)健気さ。
ふたりでお茶するシーン、海で会話するシーン、ひそかにスクリーン前でときめきが止まらなかった私であった。
見所はあるんだけど、ストーリーのラストはああなるにしてももう少しフローレンスに救いが欲しかったなあというのが個人的な想い。
えー。納得いかん!本人が戦えよー。
フローレンスの中の人は、メリーポピンズリターンズでジェーン役だった人ですね。
あとはビルナイとパトリシアクラークソンという、私好みの役者が揃っております。
夫婦の夢だった書店経営を、夫なき後のフローレンスが一人で頑張る!というストーリーなんですが。
書店経営ね…
私は元書店員なので、この儲からない悲しい商売については余計なことを色々考えてしまいます。
そら多分1950年代のことだろうし、UKとJAPANとでは書店の流通の仕組みが違うでしょうが。ね。
まぁそんなことは横へ置くとしても、この映画は、全体としては悪くないんですよ?でも色々納得いかんわーと思う感じでした。
まずは、ガマード夫人はなんでそんなにオールドハウスにこだわるの?7年とか空き家だったところをフローレンスが借りて(買って?)何が悪い?
あの場所でアートーセンターとやらを作る必然性について、まっっっっっったく言及がなかったので、完全なるよそ者いじめにしか見えず…実際そう(ただのいじめ)なのかもしれないけどさー。
完全なるよそ者いじめなのだったらば、フローレンスはなんでもうちょっと反撃しないの?
弁護士変えるとかしたらもうちょいマシなんじゃん?
せめてクソ銀行とかクソ弁護士にやり返すとかないの?
唇噛んで終わりってさぁ…
そしてBBCの職員だとかいう、いけ好かないオヤジよ、あいつはなんなん?何がしたいのよ?ガマード夫人に倣ってフローレンスをいたぶる理由ってなんなん?よそ者いじめは地元民の嗜みなん?
ブランディッシュさんについては、奥ゆかしき懸想に、「青林檎与えしことを唯一の積極として別れ来にけり」という短歌(by河野裕子)を連想しました。微笑ましい。
でもさ、ガマード夫人に文句言いにいってその帰り道に死ぬとかさ、なんてこと!辛すぎる!と叫びました。
大体ガマード夫人との過去もまーったくわからんままでしたしね…
数々のモヤモヤは、クリスティーンが放火をしてガマード夫人の野望を砕いたことで決着をつけるわけですが。
子どもにやらせて終わりかい!!!と、私は怒りを感じる次第です。
多分ナレーションが現代のクリスティーンかなって、予想はしてて、そこは当たってよかったですけどもね。
色々納得いきませんでした。
好きな事を邪魔する奴らには天罰を!
映画鑑賞意欲の幅が広がっている時でもなかなかアンテナに引っ掛からないジャンルですが、予告編上映で観てから、興味が湧いて、鑑賞しました。
で、感想はと言うと、思ってたのと違ってちょっとびっくりしましたが、面白いです。
心地好い雰囲気に田舎社会特有の排他的な陰湿さが混同した、ちょっと稀有な作品。
ポスターや予告編を観る限りでは、本好きの女性が田舎町で本屋を開くが、本に興味の無い住民達は冷やかな目をしながら無関心を装うが、良質の本に徐々に住民達は本に興味を示し、町に読書の文化が根付いていく…みたいな感じかと思いきや、村八分的なお話でびっくり。
主人公の未亡人、フローレンスが文化的に価値はあっても、長年の空き家を改装して本屋を開店するまで良いとしても、その空き家を前から狙っていた富豪で町の権力者のガマート夫人があの手この手でこの家を手に入れて、芸術センターを作る為にフローレンスを追い出そうとする。
イギリスの田舎町の曇った天候が、この町の閉鎖感を終始暗示させているが、自然豊かな情景が作品の穏やかさを醸し出していて、なんとも言えない心地好さがあります。
その分田舎特有の閉鎖的な人間関係と余所者や新しい者には排他的な空気が陰湿で、昔でも外国でも変わんないんだなぁ~と思ったw
主人公のフローレンス役のエミリー・モーティマーがチャーミングで本好きな芯の強い女性を演じていて良い♪
名優 ビル・ナイ演じる老紳士のブランディッシュがフローレンスの良き相談相手であるが、淡い恋心は大人と言うより紳士な対応で、まさしくジェントルマン。
ガマート夫人も絵に描いた様な鼻持ちならない嫌な奴で仲間の様で長い物に巻かれろを地で行くミロも絵に描いた様な小悪党。
もう、早くこいつらに天罰がくだらないかなぁと思いましたw
その中でもフローレンスの良き理解者でお手伝いのクリスティーンがナイス!
子供ながらに歯に着せぬ物言いに筋の通った行動と言動、そして子供の純粋さを最大限に使った仕返しが溜飲を下げた感じです。
要するに良い奴はスッゴく良い奴で嫌な奴はスッゴく嫌な奴とハッキリしてます。
クリスティーンの反撃的な報復に報われた様な感じがしながらも、それでもフローレンスが可愛そうでやるせなさは残るけど、伏線の張り方が上手いです。
町の個人店の本屋が少なくなっていく中で、本を読むと言う行為自体も個人的にも以前より少なくなりましたが、ネットで検索なんて事が無かった時代は何気なしに入った本屋で本を探してる時間やお気に入りの本が見つかった瞬間は実は至福の時間でもあったんですよね。
本を探すと言うよりも“本と巡り会う”と言う言葉がぴったりなそんなささやかな時間を潰す悪党どもに沸々と怒りがこみ上げてきますが、作品のテーマと真意は好きな事を続ける事の困難さではなく、その思いの果てにある至福の時だと思いますし、作品にはゆったりとした雰囲気を醸し出されてます。
まったりとしていて、毒のある稀有な良い作品でもあります。結構当たりな作品かと思いますので、お薦めですよ♪
勇気をもらえる作品
ちょっとしたユーモアが効いてて、とても観ていて小気味よい作品。昔とはいえ今も残ってるであろう排他的な精神や、圧力。そんなことにくじけてたまるか!な勇気をもらえた気がする。
本屋さんの内装もとても素敵。本屋好きにはたまらない!ただこのタイトルで想像していた話とはかなり違った、いい意味でも悪い意味でも。でも勇気もらえたし、エンディングが最高だったので良しとします◎
個人的にはビルナイがやはりとても素敵で大満足(^^)
どこの街でも人間のダークな部分は変わらない
イギリスの片田舎のお話。
本屋のアシスタントをしていた女の子が程よく生意気で可愛い☺︎
全体的にキャスティングが良く、登場人物も憎まれ役もとっても合ってた(゚-゚ミэ)Э
その時代の衣装や、建物、小物などなど、あちらの文化が随所に出ているのも良かった
(๑・㉨・๑)
ストーリーが、、辛い。。逆転を望んでしまう、、だが、、しかし、、
大人の陰険ないじめ映画
イギリスの田舎町。のどかな景色の中に、まるで少女がそのまま大人になったような可憐な女性が書店を開かんとする。ジュリエット・ビノシュの「ショコラ」を書店に置き換えたような物語かしら?それは素敵な大人のためのお伽噺かしら?・・・と思いきや、いやはや大人の汚いところが描かれまくった胸糞悪いシビアな映画でした。うっかりフィールグッド・ムービーのつもりで観に来た人は愕然とするのではないか?もう本当「不快」とさえ言ってもいいかもしれない。
何しろ、大人の陰険ないじめが酷いこと。政治とかコネとかを利用した悪質ないじめ。田舎の小さな村の閉鎖的な文化と価値観の怖さが剥き出しになったような感じ。それに対し、ヒロインが立ち向かって闘っていくという物語でもなく、ヒロインはとにかく耐えて我慢しているだけ。彼女自身何も行動を起こさないので、苦境に立ち向かっているだとか、困難と闘っていると思わせてくれない。だから余計にガマート夫人のやっていることがただのいじめにしか見えてこない。結局、ヒロインはどんどん追い詰められて行き場を亡くしていじめに屈して逃げるしかできなくなる。でもそりゃそうでしょうよ、あなた何もしないんですもの。あぁすっきりしない。
年齢を重ねても可憐さを失わない少女のようなエミリー・モーティマーと、ますます存在感を増すビル・ナイに加え、絢爛なドレスをまとった姿が絵画のように美しいパトリシア・クラークソンという、俗にいう「俺得」なキャスティングだったというのに、この内容は残念。
とにかく美しい街並みと美術と衣装と建築を眺めることで後味の悪さを紛らわせました。でも本当、映像はとても綺麗。セットも可愛くてお洒落だし、モーティマーが着ている衣装も本当に素敵だった。
ミスター・ブランディッシュの乱
小さな村の小さな騒動の話だが、女主人公にとっては大問題だ。ささやかな夢をかなえたいだけなのに、因習に閉ざされた村にじわじわと絡めとられていく。
読書好きの老人がそれまで何を読んでいたのか知らないが、ブラッドベリとナボコフという選書で開眼するという設定はかなり意図的な感じがする。1950年代は今と違って圧倒的に情報が少なかっただろうから、書店がどんな本を置くかということは大きな要素を占めていたに違いない。が、ある意味最も幸福な書店の形態が存在し得た時代だったとも言える。現在では日本でも大型チェーン店以外は廃業に歯止めがかからず、書店数は減少の一途をたどっている。
終わり方はすっきりしないし、そもそも本好きの子があんなことしちゃいけないな。
「The(マイ)」とはそういうことか!
戦争で夫を亡くしたフローレンス(エミリー・モーティマー)は、イギリスの小さな漁港の町に格好の物件を見付け、長年の夢だった書店を開く。
ところが、その物件はオールドハウスと呼ばれる歴史的な建物だった。町の有力者ガマート夫人もまた、オールドハウスを別の用途で使いたいと目を付けていた。
ガマート夫人の嫌がらせが始まるが、何とか書店は開業した。
映画はそこから、フローレンスの、ついに念願の「マイ・ブックショップ」を手に入れたという喜びや、書店という仕事の楽しさを綴っていく。
ガマート夫人の妨害は続くが、すぐに本の配達を引き受けてくれる少年や、店を手伝ってくれる少女クリスティーンが現れて、フローレンスの書店は動き出す。また、徐々に町の人々も足を運んでくれるようになっていった。
このような中、丘の上の古い屋敷に独りで住む老人ブランディッシュ(ビル・ナイ)とフローレンスの交流が始まる。彼は読書好きで、彼女に選書を頼むのだった。
この2人の本を介したやり取りが楽しい。フローレンスはまず、ブラッドベリの「華氏451度」を送る。どうなることかと思っていたら、これがブランディッシュに受ける!続けて「火星年代記」を送るのを見て、にやにやしてしまう。
さらに登場するのはナボコフの「ロリータ」。この本を売るべきかどうか悩んだフローレンスは、本をブランディッシュに送り、相談する。
このエピソードは小さな町の本屋が「どんな本を売るか」ということが、地域に与える影響を描いていて、印象深い。
つまり、本を通じて、地域に知的なものをもたらすのが、書店の存在意義。
現代社会では本は読まれなくなり、書店という存在がこの世から消えつつあることについて、考えさせられる。
そうしている間にも、彼女の書店を潰そうとする画策は進行する。
観る側としては、主人公に勝ってほしいのだが、本作はそうはならない。
ガマート夫人の企みは着々と進み、フローレンスは追い詰められていく。
あるとき、ブランディッシュはフローレンスに言う。
「本の素晴らしさは、そこから勇気を得ることだ」と。そして彼は、妨害に抵抗し続けるフローレンスの勇気を讃える。
ブランディッシュもまた、町の人々から奇異な目で見られ、人付き合いを絶っていた。そのような中、フローレンスと本を通じて心がつながったのである。
ガマート夫人の嫌がらせは、やがて政治家も巻き込んだ大掛かりなものになっていく。ついに
ブランディッシュもまた、ガマート夫人に立ち向かうことを決意する。
そのことをフローレンスに告げる場面。ブランディッシュはフローレンスの手を取り、そっとキスをする。素晴らしいシーン。年齢差ゆえ、素直に想いを伝えることは出来ない。それでも、溢れる想いを抑えることが出来ない。フローレンスも、その気持ちを十分すぎるほど分かっている。
孤立を恐れず、正しいと信じることを貫く勇気。同じ心を持つ2人の想いが重なった美しい瞬間だった。
フローレンスの抵抗空しく、オールドハウスを明け渡さなければならなくなり、ついに彼女の書店は閉店が決まる。ガマート夫人に、フローレンスは敗れるのだ。
こうした経緯を見ていたのはクリスティーンだ。本は好きではないと言っていたが、フローレンスと意気投合し、彼女の書店という場所を愛した。
クリスティーンは、フローレンスの勇気や信念と共に、町の大人たちの汚さも同時に見ていた。失意の中、町を去るフローレンス。このとき、クリスティーンは彼女なりの復讐を企てる。なんと、オールドハウスに火をつけるのだ。
「華氏451度」という小説は本が禁止され、見つかれば所持者は逮捕され、本は即燃やされる世界が舞台。結果、人類は思考力や記憶力が退化し、無気力な愚民となってしまっている。タイトルの「華氏451度」とは、本が(つまり紙が)自然発火する温度のことだ。
オールドハウスには、書店の在庫が残っていた(在庫ごと差し押さえられたのか)。
小さな町を、知的に照らしていたフローレンスの書店は、そこにあった本もろとも炎に包まれる。まさに「華氏451度」の世界のように、だ。
ラストに仕掛けがある。
最後のシークエンスの舞台は現代、大人になったクリスティーンは書店を営んでいる。
本作のナレーションはクリスティーンだ。
原題は「The Bookshop」。「The」は特定のものに付ける冠詞だ。
そう、この映画は、現代のクリスティーンが語る、フローレンスのブックショップをきっかけに、彼女が「The」ブックショップを持つに至った、という物語だったのである。
いつの時代も、女性が仕事をしていくのは大変だ。クリスティーンの書店経営にも、さまざまな苦労があったことだろう。フローレンスとクリスティーンが「勇気」について話した場面はなかった。しかし、それは確かにクリスティーンに受け継げられたはず、そう思わせる結末だ。
そうして、自分の書店を持つという夢もまた、フローレンスからクリスティーンに受け継げられたのである。
僕は、この「仕掛け」に気付いた瞬間、涙が止まらなかった。
最後に。
この映画、宣伝の仕方に問題がある。本作は、決して「田舎の可愛い本屋さんの物語」ではない。
信念のために、孤立を恐れない「勇気」を持ち続けた人たちの闘いの物語なのである。
役者たちの演技、背景となるイギリスの海辺の町の風景、舞台となるオールドハウスの建物も素晴らしい。
味わい深い傑作である。
皮肉が効いている…のかもしれない
イギリス映画のひねたオチが邦題「喜望峰の風に乗って」を否応無しに思い出す。いやあれはタイトルがひねただけで、こちらは別にハッピーエンドで終わるとは言ってないし。私が勘違いしただけだし。
本を好きな人に、勇気を持って夢にチャレンジした人に、幸せのエンディングが見たかっただけなんだ……。
メリーポピンズリターンズの時と同じ衣装デザイナーかと思ったら、違いました。
海辺の自然と素敵な衣装、最高だった。ビルナイの紳士っぷりも
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