「ままならない現実と、糧となる物語」マイ・ブックショップ しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
ままならない現実と、糧となる物語
まるで本を朗読するように、ナレーションによる人物と状況の説明と共に、冒頭の物語は進んでいく。
その言い回しの、文学的な面白さ、美しさ。本当に読書をしている時のように、物語の世界に引き込まれていく。
本好きにとっては、紙の手触り、インクの匂い、装丁の美しさ、ずらりと本の並ぶ書架に心沸き立つ気持ち、どれも容易に共感できるだろう。
初めてのお客に、『読むべき本』として薦めたのが『華氏451度』であったのも、色々な意味で象徴的だし、老読書家が待ち望みながら読む事叶わなかったのが『たんぽぽのお酒』なのも、なんともほろ苦く物悲しい。
小説の登場人物のように、些かステレオタイプに善悪付けられたキャラクター達。
意志が強く優しい未亡人、ブラッドベリがお気に入りの人嫌いな老紳士、大人びた物言いの少女、権力を振りかざす意地悪な名士夫人。
それを演じる役者も皆ピッタリの配役と名演技。
凛としながら優しくてチャーミングなフローレンス、偏屈だが身のこなしスマートなブランディッシュ氏、理知的で小生意気だが少女らしい繊細さを感じさせるクリスティーヌ。
中でも感心したのが、ノースとカマート夫人。ノースの撫で付けた髪、鼻につくスーツ、一々「ビシッ」と効果音の入りそうなカッコつけ決めポーズ。派手なドレス、白塗り気味の厚化粧にベッタリと赤い口紅、嫌らしさの染み出る仕草のカマート夫人。気持ち悪さを存分に表現してくれていた。
人々の心を反映するかの如く、暗く陰鬱な海、強い風、閉鎖的な田舎街の風景。
本人の預かり知らぬ所で独り歩きする噂話、女性集団の裏表ある人当たり、ぶつけられる悪意、などが苦手なので、それが覆されずに終わるのは、現実とはそういうものとは思いつつも、しみじみと辛かった。
二本立てで、この後見たのが『ビール・ストリートの恋人たち』だったので、不条理な現実って、人間の悪意と弱さって…と、溜め息吐いてしょんぼり肩を落としてしまった。
どちらの作品からも、社会や権力に勝てなくても心は屈しない、というような意志は感じるが、どうしたってやっぱり悔しさは拭いきれない。
途中からナレーションが入らなくなったのを少し怪訝に思ったが、その訳が最後に解る。
衝撃的な展開にやや戸惑ったが、『華氏451度』に掛けてあるのと、多くのジュブナイルにもある通り、大人が仕方なく流される不条理でも子供は見逃さない、という事だろうか。
本を愛する志しは少女に引き継がれ、物語は語り継がれる。この結末も、本という存在には相応しいとも言えるかも知れない。
ストーリーとは別の所で、フローレンスのチャーミングさが最高に私好みで、そのコーディネート可愛い、その服も素敵!と、逐一ミーハーな見方をしてしまった。ブランディッシュ氏の、絵に描いたようなイギリス紳士スタイルも大変素晴らしい。
萌えの面から言えば、お腹いっぱい大満足。