「実はイギリスの片田舎を舞台にした『八つ墓村』」マイ・ブックショップ よねさんの映画レビュー(感想・評価)
実はイギリスの片田舎を舞台にした『八つ墓村』
舞台は1959年、本屋が一軒もないロンドン郊外の小さな港町。大戦で夫を亡くした元書店員のフローレンスは夫婦の夢だった本屋を開業することを決意、準備を進めるが民度が低く保守的な住民はちっとも協力的でなく開業資金の融資も受けられない。それでもなんとか古い民家を改造して開業にこぎつけるが、その民家は町の有力者ガマート夫人がアートセンターにしようとしていた物件だったことから様々な営業妨害を受けるようになる。そんな苦境にもめげないフローレンスの心の支えは町外れの豪邸に引きこもっている老紳士ブランディッシュ。本の配達と文通を通じて心を通わせるようになる二人だったが、その頃ガマート夫人はついに自らの政治力までも駆使してフローレンスから民家を奪還すべく策略を巡らせていた。
てっきり小さな本屋が良書を通じて頑なに心を閉ざす町の人たちを笑顔にする話だと思っていましたがこれが全くそんな話じゃないのでビックリ・・・というか、これはほぼ『八つ墓村』。とにかくそこらをウロウロしているだけの町の人々の容赦なさがもう猛烈に怖い。なかでもパトリシア・クラークソン演じるダマート夫人の卑劣さがハンパなくて観客一同ドン引き。穏やかな笑顔から一転猛烈な怒りを露わにするカットはそこらのホラーより全然怖い。そして何と言ってもビル・ナイ。どんな映画に出ても映画の風格を一段上げてみせる名優中の名優ですが、静かな佇まいからダマート夫人に怒りをぶつける勇猛さまでダイナミックかつ自然に表現してみせる名演は圧巻。一見慎ましやかな未亡人でありながら、いきなり『ロリータ』を250冊入荷する等大手書店でもやらないような大胆な戦略で果敢にマーケットを切り開こうとするフローレンスももちろんカッコいいですが、本作の本当の主役は別にいることを匂わせるナレーションとラストシーンに胸を打たれます。
老後は田舎で静かに暮らしたいなとボンヤリ夢想するシルバー予備軍の顔面に思い切り唾を吐きかける猛毒作品、これくらい盛大に予想を裏切ってもらえると清々しいです。