「「動」と「静」の対峙」新聞記者 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
「動」と「静」の対峙
邦画では珍しい、政府(内閣情報調査室(内調))の越権的諜報活動を告発する、ある“新聞記者”を描いた社会派ドラマで、独立系配給会社作品としては唯一、今年の日本アカデミー賞に6部門でノミネートされている秀作です。
その事件は午前2時に起こり、以降、新聞社と内調が交互に舞台となり、物語は殆ど夜に進みます。冒頭の新聞社と内調を各々映し出すシーンは、双方で本作のエスタブリッシング・ショットを構成していると云えます。新聞社及び主役の女性記者を捉えたショットはほぼ全て手持ちカメラで撮られ揺れている一方、内調及び内調関係者はフィックス又はパンされた安定した画になっています。
新聞社と記者達は、地図も道標も無く常に行き先を求めて熱く揺動している一方、内調はスタッフの顔が見えず、皆が声もなくパソコンに向かって粛々と機械的にルーティンをこなすモノトーンの冷え冷えとした環境、いわば「動」と「静」という対照的な両者の対峙と対決が本作の舞台設定であり、これが映像として見事に鮮やかに撮り分けられています。
また本作の事件は常に夜の闇の中、即ち色のない、暖かみのない欝々としたモノクロの世界で起こるのも象徴的です。歴史は、決して衆人環視の日常活動の中では動かず、人々が寝静まって認知することのない時間帯・場所で胎動し展開するという寓意が観衆には植え付けられていきます。
本来、本作は全くアクションがなく、ラブロマンスもなく、笑いも涙もない、執務室での遣り取りや記者の取材、及び電話の会話主体で進むという、平板で映像に抑揚や変化がつけ難い、どちらかというとTVドラマに向いたスジですので、さして動きのない映像を手持ちカメラによって、いわば強制的に違和感ある画調に拵えて観衆を催眠させ、即座に内調の安定した画調で覚醒させて観衆を一所に留めず揺さぶり続けることにしたのでしょう。
更に寄せと引きを繰り返し、細かくカットを割ることによって、非常に心地良いテンポに編集されているため、物語の中核となる記者の取材活動=謀略の謎解き自体は単調な映像にも関わらず、観衆には自然に緊迫感が高められていました。
ただ、生命の危機につながる切迫した手に汗握るようなスリル性には乏しく、勧善懲悪にもなり切っていないので、やや不完全燃焼感の残るスジかと思います。
本作で最も出色だったのは、内調のエリート官僚役の松坂桃李の演技、就中“眼”が物語の進行につれて明らかに変化していく処です。前半の官僚らしい怜悧で冷静な眼が、中盤、嘗ての上司に関わる頃から眼に血が通い始め、徐々に使命感が沸き立ち、早々に憤怒に変わっていきます。しかし生気の失せた、恰も死んだ魚のような眼で迎えるラストは、個人の熱情が冷徹な組織論理に組み伏せられてしまう現実を見せられ、殺伐とした荒涼感を残します。全く見事な演技の出来栄えです。