「私と契約して、向こう側に連れてってよ!」惡の華 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
私と契約して、向こう側に連れてってよ!
ジャンル的には“青春ドラマ”となっているんだけど、果たしてこれを青春ドラマと呼んでいいのだろうか。
一応確かに青春ドラマではあるんだけど、かなりア・ブ・ナ・イ、ダークな青春ドラマ。
なかなかに理解や共感し難く、もし青春時代に見ていたら、それこそ衝撃や価値観変わるような…。
周りを山に囲まれた寂れた田舎町。こんな町でずっと暮らし続けるのは地獄。そんな息の詰まる日々を送る中学生の春日。
これが秀才だったら周囲を見下す考えも分からんではないが、はっきり言ってそれほど優秀ではない。内向的で、平凡以下。
唯一の心の拠り所は、ボードレールの詩集『惡の華』とクラスのマドンナ、佐伯。
教室に忘れた本を取りに戻ったある日の放課後、偶然落ちた佐伯の体操着を盗んでしまう。
心底後悔するが、さらにそれを見られてしまう。絶対に見られたくない相手に…。
クラスの問題女子、仲村。
クラスの誰とも関わらず、先生にも暴言。「うっせー、クソムシ」。
弱みを握られた春日は、仲村から変態的行為を強要される契約を結ぶ事に…。
「変態としての作文を書け」
「盗んだ体操着を着て佐伯さんとデートしろ」
「初デートで初キスしろ」
仲村さん、お、お戯れを…!
服を脱がせて春日に佐伯の体操着を着させる。
何かのプレイのように上に乗っ掛かり、殴ったり、突き飛ばしたり…。
それらだけでも生き地獄だが、さらに過激で卑猥なのが台詞。
「ド変態」「クソムシ」は普通。
「グッチョグチョ」「ビッチョビチョ」「ドッロドロ」
「カス」「ゴミ」「クズ」「セックス」「ムズムズ」
「身体の下の方の中の方が…」「パッツンパッツンに膨れ上がってる」
…などなどなど。
変態さん、いらっしゃ~い!
キラッキラ青春のリアリティー0のファンタジー胸キュンラブストーリーもある意味地獄だが、それとこれと果たしてどっちがマシなのだろう…?
本気で考え込んでしまう。
伊藤健太郎のヘタレっぷりや変態怪演も天晴れだが、やはり玉城ティナ。
『Diner/ダイナー』ではMだったが、こちらでは「春日く~ん」と可愛い顔してドSの女王様!
突然現れたり、冷笑を浮かべたり、見下したり、もはや戦慄級。
ひょっとしたら世の中には、彼女の下僕になりたい男性諸君は少なくないのでは…?
二人の怪演には文句は無い。強いて言えば、全く中学生に見えない事…。幾ら何でも無理が…。
(それにしても、過激で卑猥な台詞を言いまくる玉城も強烈だが、幾ら原作があるとは言え、胸に響く青春アニメ映画を数多く手掛けてきた岡田磨里が脚本というのも個人的に驚き…!)
黒板に自らの行いを書き殴り、教室中を墨汁で撒き散らす。
理性の崩壊、思春期の危うい衝動、えぐり出される暗黒面…。
ひょんな事から佐伯と付き合う事になるが、真っ白だった彼女もやがて黒く染まっていく。秋田汐梨も印象的。
が、春日の空っぽである自分の告白から関係が…。
そんな時春日が思い悩んだのは、佐伯ではなく、仲村。
ある時彼女の家を訪ね、彼女のノートを見てしまう。
仲村も自分だったのだ。…いや、自分なんかよりずっとずっと、生きづらさを抱え込んでいた。
そんな彼女を自分は、“向こう側”に連れて行けなかった。こんなウ○コまみれのゴミ溜めのようなこの町から抜け出す“向こう側”へ。
再契約。そして夏祭りの夜、ある事件を起こす…。
本筋は中学時代だが、引っ越した後の高校時代も挿入。
本が切っ掛けで、春日はまたしてもクラスのマドンナ的の常磐といい仲に。
彼女が密かに書いている小説の主人公が、まるで自分なのだ。
あれから仲村とも佐伯とも会っていなかったが、偶然佐伯と再会。辛辣な言葉を投げ掛けられるが、彼女から仲村の居場所を教えられ、会いに行く事を決める。
仲村や過去ともう一度きちんと向き合い、逃げず、常磐と生きていく為に。
元々原作の大ファンだったという井口昇監督。
怪作カルト作多く、本作も一見そう見えて、ただのそうではない。
開幕、辛辣な言葉で始まるが、監督自身もそんな悶々とした青春時代を送っていたのではなかろうか。
そんな時出会った、この原作。
自分自身に重ね合わせた負の部分だけではなく、ラスト、見出だした“向こう側”に、井口監督の温かく優しい眼差しを見た。
春日にとっての仲村もそうではなかろうか。
ドSの女王様と思いきや、自分を“向こう側”に導いてくれた“ミューズ”。