「人の国の悪い所を見て自国の醜態を学べ!」僕たちは希望という名の列車に乗った マサシさんの映画レビュー(感想・評価)
人の国の悪い所を見て自国の醜態を学べ!
事実基づく実話とあるが、「ハンガリー動乱をどうとらえるか」そこから考えねば駄目である。ナチス・ドイツの残党によるソ連への攪乱作戦と言う見方が当時は、大勢を占めていた。そこが、「ブラハの春」とは大きく違う。
また、1956年は既にヨシフ・スターリンは亡くなっていて、「スターリンシュタット」と言う名称の街も改名を急がれていた。正式には1961年に「アイゼンヒュッテンシュタット」と改名される。従って、「ロシア≒スターリン」と見なければ駄目だ。寧ろ、スターリン派が粛清を受ける時代に突入している。そもそも、この「アイゼンヒュッテンシュタット」という街は「ポーランド」と「東ドイツ」の国境の街である。
まぁ、全体主義国家に対するプロテスタントなイデオロギーを表しているのには賛成するが、画竜点睛を欠く見落としがあっては駄目で、この頃の東西ベルリンがどうであったかとか、そもそも、駅名は『ベルリン』となっていて、どうやって、西側(?)へ亡命出来たのかが知りたいし、その後の家族の現状を示さねば駄目だ。
ここに登場する東側(?)のソ連の傀儡らしき者(大人)たちは全てこの世にはいない。いなくなったのを待って作られたフィクションな話だと思った方が無難だ。と感じる。
ましてや、西側(?)へポルノまがいの映画を覗き見に来るなんて、そんな嘘話はやめるべきだ。上映される映画はホトホトB級映画だし、例え国家が介入していても、ソ連の芸術は質が高かったし、西側(?)だってそれに対抗して良い作品を作っていたはずだ。全体主義国家が強権的で、救われる余地が無いと、日本人が思ってしまうのは、日本国もナチス・ドイツと一緒に戦争に負けて、同じ様に弾圧した歴史があるからだと思う。まぁ、人の国の悪い所を見て自国の醜態を学ぶのは良いとは思う。