「希望の光が見えるならどこまででも」僕たちは希望という名の列車に乗った KinAさんの映画レビュー(感想・評価)
希望の光が見えるならどこまででも
ハンガリーでの反乱に果てた数多くの人々に捧げた120秒の沈黙、その理不尽な代償。
伴う人間の深さや変化と面白さに重しを置いてドラマチックに描いてくれる作品。
50年代のドイツのファッションが目の保養。黄色のベレー帽欲しい。
愕然。あまりにも強烈。
第二次世界大戦の後、ベルリンの壁建設の前。
微妙で不安定なこの時代だからこその極端な押さえつけが明確に表現される。
しかしそれを完全に否定する強い主張よりも、多方向的な視点を感じる。
ナチスの独裁を経て、ファシズムの芽になりそうなものを種から排除しなければならなかった機関の思惑も伝わってくる。
正しいかどうかは置いておいて。
18歳の若い学生たちの青春模様がベースになっているのがまず何よりも愛しい。
レナとテオとクルト、恋の方向の変化がもたらす微妙な距離にぞわぞわする。
私もテオが糊でくっつけた四葉のクローバー欲しい。嘘も方便よね。
西ベルリンへ出向きちょっとスケベな映画を観てはしゃぐテオ&クルトの親友コンビに冒頭からじんわりと胸が暖かくなる。
ジャングルで裸、トップレスなのか…ほおほお。
ソ連兵へのささやかでスリリングな反抗はこの後の大きな出来事を示唆しているようだった。
映画館で知ったハンガリーの情勢、その悼みを増長させたRIASの放送。
エドガーおじさんの「RIASを聴きたいだと?(難しい顔)」からの「ならこの家で聴くしかないな(ニヤリ)」のユーモアがとても好き。
あの時のエドガーはどういう心境で家に入れたんだろう。
RIASを聴いたことがバレれば生徒たちが危ない、聴かせたことがバレれば自分の身が危ない。
そんなこと重々承知の上で、若者たちの知的好奇心や自由な考えを尊重したんじゃないかな。
きっと今までもその柔らかい思考で生きてきたんだろう。逮捕されたそのあとが気になる。どうか少しでも穏やかに。
生徒たちの2分間の黙祷は、実はそこまで真剣なものではなかったと思う。
本当に単なる思い付き。単に共感して(しなくても)乗っただけ。
人々を想うクルトの気持ちが本物だとしても。
沈黙の最中にニヤニヤしてしまうテオの様子から伝わってくる。
この形だけの黙祷に、重い反骨や抗議を持っていた人がこのクラスにいただろうか。
ただ隣国の同志を悼んだだけ、ただタイミングが授業の始まりだっただけ、ただ先生が神経質だっただけ。
些細な言動に目を付けられ、本人の思惑とは裏腹に受け取られてしまい、大の大人がキレまくり弾圧を振ってくる恐怖がとても大きい。
反応がどんどんエスカレートして大事に発展してしまう様子、ケスラーによる幾度もの取り調べがリアルに怖かった。
人間関係をかき回し、誰もが持つ弱いところを執拗につつき精神的に追い詰める尋問、本当に勘弁してほしい。
サスペンスフルで緊張感溢れる展開が波のように畳みかけてくる。
逃げ場を失っていくクラスメイト達に胸が痛んで仕方なかった。
無茶苦茶な精神攻撃の果てに爆発したエリック。
今まで信じ積み上げてきた実の父のあまりにも無残な真相。そりゃあ気も狂うわ。
母と再婚相手に向けた叫びや、教官に向けた銃先の悲壮感。
彼の救われなさをどうにかして補充したい。
貫き通したクルト、正義と方便の間で奮闘していたテオ、その選択と家族のやり取りにどうしようもなく揺さぶられた。
逃げ道を与えて強く抱きしめてくれるクルトの母親に涙し、市議で頭が固かった父親の駅での言動がたまらない。
家族を取るか、自分の未来を取るかの選択を強いられるテオと、彼の決断を静かに受け入れる家族も。
「夕飯までには帰ってきなさい」「またあとで」
もしかしたら一生の別れになるかもしれないと分かっていながら発したこれらの言葉が強く刺さってくる。
首謀者を特定する、嫌な目的にただでは従わなかったクラスメイト達。
連続する「私も提案しました」の発言、次々と立ち上がる彼ら彼女らに脳天ぶち抜かれた。
列車に集まった彼らの表情が明るくて本当に良かった。
照らす光が希望の色に染まっていて本当に良かった。
敢えて注目したいのが、最後のクラス尋問の時に立ち上がれなかった人と、列車に乗らない選択をした4人。
この映画のタイトルになっている「僕たち」の中には、彼らのことも当然含まれていると私は信じている。
行動をした人だけが救われるような表現では意味がないから、教室の前のほうに座っていた女子が俯いたままだった描写もさりげなく入れたんじゃないかと思う。
分かりやすい勇気だけが正義じゃないでしょう、たぶん。
自ら新しい道に進んだ人も、留まって今見える道に進んだ人も、きっとこの映画は何も否定していない。
西で卒業試験を受けなかった人たちはどのように生きたんだろう。
後悔ももちろん抱えていただろうし、でも少しでも清々しさのような気持ちを持ってくれていたら、と思う。
逮捕者も傷付いた人も出た。
綺麗な物語だけには収められない。
この出来事を完全に良きこととするのも、負の意識を持たずにいるのも難しい。
それでもどうか、時の流れとそれぞれの人生が痛みを和らげてくれていますようにと、あの時あの決断をして良かったと皆に思って欲しいと、傍観者の勝手ながら願わずにはいられない。
多数決ではなく一人一人自分で決めた大きなターニングポイントを蔑ろにして欲しくない。
40年後に行われた同窓会で何を話したんだろう。原作を読まなければ。
目に焼き付くシーンがとても多い。
何度驚きに身をびくつかせたことか。
何度号泣したことか。
友情や恋愛や家族の細かく時に重い想いが交差するタッチがとても好き。
本筋の緊張を保ちながら常に人間に寄り添ってくれる目線が心地良い。
現在の自分を取り巻く環境の自由さを思い知った。
まごうことなき傑作。