「東ドイツ的1950年代/ただの18歳でいたかったよね。」僕たちは希望という名の列車に乗った だいずさんの映画レビュー(感想・評価)
東ドイツ的1950年代/ただの18歳でいたかったよね。
第二次世界大戦後とか、東西冷戦時代とかっていう要素を除いたとしても、風味絶佳な青春映画だったとおもいます。わたしこういうの大好き。
で、第二次世界大戦後の東ドイツで、1950年代で、東西冷戦時代で、という時代についての理解というか、ニュアンスを感じられたという意味でも、良い映画でした。
東ドイツには、ヒトラー時代に国内で迫害された共産主義者たちがたくさんいて、彼らはヒトラーを倒して社会主義国を作ったことをとても誇りに思っているように受け取りました。で、冷戦はこれからおそらく激化していくようで、ベルリンにはまだ壁がない。ので、ベルリンに行って西側に紛れるということが庶民レベルではまだできたということなんですね。
4人の男の子と1人の女の子がメインキャラクターですね。特に市議会議員かなんかの息子のクルトと、炭鉱労働者の息子テオが中心です。
最初っから黙とうに懐疑的だったエリックの物語が切なかったです。
戦死した共産主義者の父親を崇拝していて、母と義理父(牧師か神父か)を目の敵にちょっとしていて、共産主義を父に倣って崇拝していて。
真面目だからうまく嘘をつけなくって、最初にぼろを出してしまって大人に一番に目を付けられる。そして揺さぶられてちょっとげろってしまったりして同級生からは裏切り者扱いされる。でもこれ以上は、と思って頑張ってたら、党の調査担当者に父親のことで揺さぶりをかけられてしまう。
父は共産主義者だったからユダヤ人同様に強制収容されていたけれども、強制収容所から出るために資本主義者に寝返った。そして戦後?そのことが同胞にばれて処刑されていたってことを知らされる。
エリックは一切母からそんなことを聞いていなくって、動揺しまくってしまって射撃場で教官を撃って、銃を持って教会へと襲撃してしまう。
エリックの件を受けて、党はエリックを犯人にして事態を収束させようとするが、首謀者であるクルトはそれを拒否。
自分が首謀者だと告白します。
テオのみならず、他のクラスメイトの多数も自分が首謀者だと言い張り、クラスは閉鎖される。
で、数名を除いてクラスのほとんどが、ベルリンを通じて西側へ逃げるという結末へ向かうのです。
信じていることが信じられなくなって、受け止められない。
ティーンエイジャーのあるあるなのにね。
それを安全地帯でできなかった彼らが、悲しい。
一方で抑圧された世界の中でもティーンエイジャーは、身勝手でキラキラしていて眩しい。
そのコントラストが非常に良い良い味で、堪能しました…
珍しくパンフレットも買っちゃいましたしね。