「作家が考えたひとつの在り方」長いお別れ R41さんの映画レビュー(感想・評価)
作家が考えたひとつの在り方
小説の映画化作品。
タイトルは、認知症のことを英語で表現した言葉。
英語で表現しなくても、この物語の流れからそれを汲み取ることができる。
さて、
この作品には様々なモチーフがあしらわれている。
そのもっとも根幹にあるのが夏目漱石の「心」
山崎努さんが演じた男(夫であり父であり祖父でもある一家の大黒柱と偉大である者の象徴)の読んでいた本であり、タカシの校長が読んでいた本でもある。
おそらくこの物語では心こそが「すべて」なのだろう。
「男」はいつも「帰る」という。
時に徘徊する。
自宅にいるにもかかわらず、いったいどこに帰るのだと家族は不思議に思う。
物語の中でそれは端然と描かれているが、言葉にしないところがよかった。
それは、過去であり永遠に戻ることのできない想い出の中でありその当時の場所のことだろう。
栞にしている落ち葉は、その時の瞬間を表現している。
最後にタカシが学校を退学する際に拾った葉っぱも、彼の長い人生の中のその時の一瞬を表現している。
それはまさに戻ることのできない過去、そして想い出であり、忘れてはいけないことであり、それがどんなことであれ記念すべき瞬間なのだろう。
冒頭のシーンはまさかの現在のシーンで、あの傘もまた落ち葉と同じ意味を持っている。
あの時の想い出が「男」の中に長い間あったのだろう。
帰りたかったあの頃へ、もう一度行きたかったのだ。
フミには夢がある。
しかし、ことごとく失敗する。
人の役に立ちたいと言ってキッチンカーから去った女子は、毎朝チアリーディングでサラリーマンを応援していることがニュースに取り上げられている。
しかしそれが対価になることはない。
自分が言ったことを最後までやり続けているその姿に、フミは少しだけ元気をもらったのかもしれない。
フミにとっては家族こそが最も大切なもので、父の心の周波数と一番近い存在かもしれない。
だから彼女も本の栞に落ち葉を使っている。
茉莉の家族も問題だらけだが、その茉莉が何度も実家に戻るのは、やはり家族が一番大切だということを表現している。
やがて夫との仲も修復し始め、タカシは自分で考えて自分の道を歩き始める。
元カレからフミに届いたジャガイモは、フミにも春が到来することを告げているのだろう。
人工呼吸器の問題は、おそらく視聴者に向けられた課題だ。
それは、どっちでもありで、自分たちで決めればいいということだ。
さて、、
この物語はテーマ性に富んでいる。
しかしながら、物語としての面白さが抜けているようにも感じた。
テーマがあまりにも重厚で、家族に関する誰にでも起こりうる様々な問題を挙げていることがより一層窮屈さを感じさせる。
家族というテーマの主張があまりにも強い。
ただ、
タカシが自分で考えて決めた退学
彼は校長に、学校を休みがちなことと祖父とは全く関係していないと答えたが、彼が葬式に行ったのは間違いないことで、そこで母たちの家族愛を感じ、それを自分なりに解釈したのは間違いないだろう。
物語の中で「男」の死を視聴者に告げたのは彼で、
男の直系としてタカシは人の心という不確かなものの存在を、元カノから学び、友人から学び、男の死を通して深く考え始めることになったという密かな表現は、この作品を深く考えさせる部分だった。
とてもいい作品だったがテーマ性ばかりが先に立って、私の中には面白さという部分には是非が残ったものの、作家がこの物語で主張した自身の考え方には賛同する。