快楽の漸進的横滑りのレビュー・感想・評価
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叶恭子?
殺されてしまう同居の女、その女に似ている女弁護士が、どうしても叶恭子そっくりでそれだけでもなかなか興味深いキャストである。相変わらず、出演している女優陣の容姿の高レベルは、これがハッキリとフランス映画の実力そのものだと改めて白旗を揚げる位感服する。均整の取れたプロポーションは、多分日本の女優では困難なことだろう。
ストーリーも、グラグラする内容が、観客の考える余地を与える暇もなく進む。前半は本当に一体何が起こっているのか、想起すら与えてくれない前衛ですら感じる。まぁ、実際、今作品は一言で言えば“コント”なのだ。自分では殺してしまった筈と思っていた女は、実は別人に殺されていたというのが、殺人の実況見分中に誤ってソックリさんの女弁護士をその夢うつつで作り上げた疑似体験のように殺してしまう、いや、その女弁護士の意思かもしれないが死んでしまった後で知らされ、結局又「最初から全部やり直しだ」という『嘘から出た真』的オチで終わる。解説してしまえばそれ程面白くはないが、その状況や、女の一種取憑かれる程恐い小悪魔感、それ以上にあどけない少女の皮を被ったサイコパス感が十二分に演出されていて、後半はドンドン惹き込まれる。西洋式のSM(※キリスト教等の宗教にかこつけるやり口)の世界観と、修道女の禁欲生活、そしてウェット&メッシー等を綺麗にミキシングしながら、建て前と本音の世界をガリガリと切り刻む少女の姿が正に危険と安心を同時に併せ持つ希有な存在として素晴らしいファムファタール振りを発揮している。 前あきのワンピースや、劇伴のグレゴリオ聖歌、意味不明なポーズや振り向くポーズ等の多投の演出、台詞である「美しい死体を作りたいだけ」「主題は割れた瓶」のメタファー等々、数え上げたらキリがない程のSMに対するオマージュ、リスペクトに溢れた倒錯な話に仕上がっている。その世界観の異常さ、と同時にそのロリータ的美しさの同居に、前衛芸術のキワを観た思いである。
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