「教訓」記憶にございません! keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
教訓
三谷幸喜監督8作目で、今回も当然ながらコメディです。
三谷作品の特徴は、奇抜で特異なキャラクターを随所に鏤めて、アトランダムに浮遊させることによって生じる勘違い、行き違い、喰い違いによる苦笑、微笑、爆笑を積み上げ織り上げていくことであり、本作も、多彩でユニークな登場人物の設定によって生み出される可笑しさは好調です。
映画の冒頭、主人公が突然病室のベッドで目覚めてからの、細かくカットを割り目まぐるしくも軽快なテンポで展開する、一種のエスタブリッシング・ショットは、いきなり観客の心を鷲掴みにし、興味を一斉に一気に引寄せる。その手練手管は流石です。
また作品を通して寄せのカットが殆どなく、寄せカットがあっても小刻みに割られて長回しは一切なく、引きのカットでのパンが多いので、観客は肩肘張らず、弛緩して寛いだ茶の間気分で観られる、これも三谷作品の特徴でしょう。
ただやや仰角気味のアングルが多いのは、多少の緊張感を抱かせることになりますが、実は本作は単なるコメディではないフレームワークであることを、サブリミナルに植え付けているように、私には思われました。
カメラの視座は、前半は小池栄子演じる“番場のぞみ”から捉えており、女性的で柔らかく、戸惑いながらも仄々とした暖か味のある画調であり喜劇ドラマが快調に展開しますが、話がややシリアスに移行する中盤から後半は、ディーン・フジオカ演じる“井坂”の視線に移り、理性的で合理的に事がテキパキと進められていきラストを迎えます。ストーリーの転調に符合した、この視座の移動もまた見事です。
後半で本作は、一人の人間の人生回顧と再生という真のテーマに踏み込みます。即ちこれまでの人生の原点に立ち還って来し方を総括し、そして人生のリセットと生き方の再起動という深遠で困難な歩みに足を踏み出していきます。
「過去がどうであれ、人生はやり直しが利く」、三谷作品には珍しく、本作には教訓が含まれています。
ただ、そのためには、中井貴一演じる黒田総理の、独善と不安と絶望と得心と覚醒、そして悔悟と苦悩と覚悟に至る掘り込みが足りないように思いますが、コメディとしては風呂敷を広げ過ぎているようにも感じます。
残念ながら喜劇としての徹底性に欠ける分、いつものような馬鹿馬鹿しくも爽快な切れ味の鈍さを感じてしまいます。そのため、今一つ作品に、映画としての深味、即ち「笑い」「泣き」「(手に汗)握る」が足りず、また感動もしきれない気がするのは、誠に残念です。