「子供時代のデジモン達とのお別れを」デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆 水樹さんの映画レビュー(感想・評価)
子供時代のデジモン達とのお別れを
何気なく見るものがなくて見てしまったけれど、映画館で見なかったのを後悔するぐらいの傑作だった。
泣ける作品好きだが、ほとんど泣かない自分だが、正直、終始涙腺が緩みっぱなしだった。
感情としては美味しんぼの京極さんである。
監督にあえて言おう、『なんてもんを食わせてくれたんや…これに比べたら他のファイナル系なんてカスや』まぁ、流石に他のコンテンツも素晴らしいが。
少なくとも一つの作品を愛した人たちへ向けた締めの作品としては、本当に神がかった作品だ。
特に、この作品はデジモンを愛する人への物ではなく、デジモンアドベンチャーを見て、興奮し憧れ、育成や対戦、コンテンツに明け暮れていた、当時の子供達に贈られた別れの作品だと強く感じた。
ドラえもん、クレヨンしんちゃんのように子供時代から何も変わらず寄り添ってきた作品と違い。
デジモンやポケモンや遊戯王、最近では妖怪ウォッチのような作品は常に過去作がありきで変化を続けていく。
自分たちの愛していた作品がどんどん型落ち品になり、あんなに熱中して、ある意味では愛していた作品達が毛色が変わり、ユーザーが変わり、それでもコンテンツにしがみ付く人達を見て興醒めし。
大人になるにつれ、押し入れの奥底へしまわれていくオモチャのように気がつけば、他のことに熱中して、年相応のコンテンツに夢中になっていく。
けれど、それはあくまでコンテンツと疎遠になっただけであり、お別れをしたわけではない。
自分たちが初めて見た仮面ライダーやウルトラマン、ゴジラに寄せた感情と同じように、毛色が変わり、作風が変わったコンテンツ達と違い、確かにその作品自体への愛情は胸の奥に燻っている。
この作品には常にこの作品は『当時子供達だった君たちへ』送っているのだというメッセージが伝わってくる。
おそらくポケモンの君に決めたやミュウツーのリメイクなどを見ている人たちは、今回の映画も懐かし商売だと半分諦めて見に行ったことだろう。もうデジモンは自分たちのものではないのだと。
映画の始まりと共に流れるけったいな文章。
もうこの時点で斜に構えて、あぁやっぱりと感じてしまう大人の自分達がいる悲しさを痛感する。
けれど、この作品はそこからが違う。
ボレロの音楽とパロットモンの登場とともに一気に当時の感情が心と眼前に吹き荒れる。
初期のデジモンを握りしめ、初めて映画でボレロの壮大な音楽と共にデジモン達が戦う姿を見て、訳も分からないままその世界に引き摺り込まれ、同時上映の遊戯王のカードを『なんか偉く高いけど新しい遊戯王カードが出てる!』とグッズコーナーを横目で眺め、ゲームセンターや玩具屋でグッズを眺め。
そして、テレビで選ばれし子供達の成長や別れに笑ったり、泣いたり、憧れたり、自分を重ねながら日々を重ね。デジモン達との別れに涙した子供達。
けれど、02等が始まり新しいデバイスが発売されると、前作とのつながりがあるとはいえ、それはもう何かが違う。
マジンガーZに対するグレートしかり、仮面ライダーに対するV3しかり、もうそれは自分達が心躍らせた作品ではない、登場人物達ではない寂しさが残るのだ。
作品と視聴者が対峙するというのはこういうことだろう、画面からはっきりと『さぁ、デジモンアドベンチャーを始めよう』と手を伸ばされるのだ。
懐かしい音楽、風景、バトル。そして『brave heart』。けれど作中の彼らも環境も変化して、君達と一緒に大人になっているんだと、はっきりと伝えてくる。
そして何よりも、あの頃心を躍らせ、今もまたその歌に心うごしたOPを歌う和田 光司さんはもう居ない。
どんなにあの頃をかたどっても、時間は流れ、君たちは大人になった。人も変化する、でも僕達も登場人物達も本当に変わったのか?
そんな導入から、この作品は常に過去と今の対峙を繰り返していく。
ウォーゲームを思わせる演出。無限大の可能性(夢)
の話から、ミミが歌う『butterfly』。
次世代達は自分たちよりも上手く力を使いこなし。
あんなに歩幅を合わせていたデジモン達との生活も、いつのまにか自分たちの歩幅が広くなってたことにも気がつかず、一緒にいることがどこか疎ましくさえ思える。
大人になることは、無限大の夢だったデジモンという憧れや、夢や希望、ワクワク感を捨てて現実と向かい合うことなのか。
この映画の素晴らしいところは、そういった自分たちとコンテンツとの付き合い方に対して、そういった過去の大切な感情が必ず自分達を前に進めてくれるんだと伝えてきてくれる。
だから、寂しくても、時に恥ずかしくて封印したくなってもいいのだ。
彼らは必要になった時は、そっと寄り添い。
そして立ち上がった僕らを見上げて言うのだ『おっきくなったね』っと。そして、僕らはいうのだ『お前は変わらないな』っと。
切り捨てるのではない、執着するのではない。
一つのコンテンツとの『お別れ』というのは、この作品のタイチやヤマトと同じように。
きちんと区切りをつけて、心にしまい、また一歩を踏み出すべきなのだと。
新しいコンテンツにしがみつかせようと躍起になる作品が多い中、この作品の素晴らしいところはキチンとコンテンツとの別れを用意し、OPからEDまで『あの頃、子供だった君達』と『デジモンアドベンチャー』のためのもの。
だから、大人が聞くような曲でなくていい、どこか子供向けでも構わない。あの頃みたいに素直に泣いても構わない。でも、君たちはもう大人なんだよ。
と『無限大な夢の後に、何もないと感じてしまう世の中』を『明日の予定もわからない世界』をそれでも生きていくんだと、優しく突き放してくれる。
今までのデジモンアドベンチャーを、そして『butter-fly』の歌詞に描かれたメッセージをふんだんに盛り込んだ、対話をするような映画。
どこまでも、僕達とデジモンアドベンチャーとの物語との『お別れ』の作品なのだと感じた。