「成瀬っぽい」ROMA ローマ よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
成瀬っぽい
この作品を、小津安二郎の作品のようだと論じる向きが多いが、キュアロンの最新作はむしろ成瀬巳喜男の映画との共通点が多い。
まず、家屋の間取りや、そこでの生活の様子が良く分かる屋内のショットが魅力的である。
そして、登場する男たちがどうしようもない奴であるということと、カネに対して合理的な女たちが出てくるところも成瀬の映画を思わせる。(「お得意様割引」!)
成瀬が主に高峰秀子を主演に据えた作品群には、時代の変わり目に生きる女性の、強かさと哀しさが映し出されていた。
この「ローマ」もまさに1970~71年という、オリンピックを終えて経済成長が限界に差し掛かったメキシコ社会の変革の中に生きる、二人の女性の哀しい試練と、それを乗り越える強さを描いている。
しかし、小津らしきものがこの作品に全く無いなどと考えているわけではない。
終盤の海辺での、「赤ちゃんに生まれて欲しくはなかった」という主人公クレオの告白は、小津の「東京物語」における「わたし、ずるいんです。」という原節子の台詞に匹敵するほど衝撃的だと思った。
これはメキシコ人の大半がカトリック教徒であることを考えると、中絶という選択肢が最初からなかったクレオの抱えた絶望と不安、そしてそこから解放された安堵の大きさを伴った言葉だととらえることができる。
最後の画面には子供時代に世話になった家政婦への献辞が捧げられているが、この家政婦や母親への監督の眼差しは決して彼女たちに同情的なだけでない。
特に母親に対してはときに厳しい視線を送っている。
酔って車を運転して帰宅したり、家政婦に八つ当たりをしたり、生活の細かい部分でだらしがなかったりする。
夫の不満は「空の容器ばかり入った冷蔵庫」と「いつも犬の糞を踏んでしまう(ほど糞がたくさん落ちている)エントランス」である。
特に前者は、私自身も同じことを家人に文句を言ったことが何度かあるだけに、そして映画でも我が家においても、言われたほうは何のことでそんなに相手が怒っているのか、正直なところ分かってはいなくて、夫婦関係の終焉に向かうのだから、ここは苦笑いするしかあるまい。