「個としての人間の否定」海獣の子供 akiさんの映画レビュー(感想・評価)
個としての人間の否定
あまりにも伝えたいテーマが分かりづらい作品だったので、鑑賞後に原作を読みました。
映画で一番引っかかったのは、その根底にある宇宙観。
人間や生物、物質はそれぞれが個として存在することに意味があるのではなく、時間の概念も含めてすべては1つとして存在するものであり、それぞれが個として認識しているものは、全体の一部に過ぎない。
これが私個人の宇宙(=世界、世の中)の捉え方で、この映画も同じような宇宙観に基づいて作られているのではないかと考えていました。
しかし、壮大な宇宙観を描いて見せているようで、その表現は非常に分かりづらく、ただただ映像美と音楽に頼るチープなアート作品に仕上がっています。
原作未読で鑑賞したため、その原因が原作にあるのか制作側にあるのかが分からず、原作を読みました。
書いてありましたよ、しっかりと。
単行本第4巻。アングラードの言葉としてしっかり描かれている。映画にはないシーンでした。
約2時間の映画の中で、原作のシーンが省かれたり、構成が変わることは致し方のないことです。しかし、本作の根底にある重要な世界観を理解しないまま映像化することは、同じタイトルをつけるに値しない愚行だと思います。
おそらく、映画のプロデューサーが、監督が、特に脚本家が、それを理解し咀嚼できないまま映画を作っている。これがこの作品最大の不幸です。
この物語は、すべては1つである、という前提に基づくと、その1つの期間を切り取った祭りを描いていることが容易に理解できます。
映画というエンタメである以上、それを1人の少女の成長と結びつけて表現することは悪ではないし、必ずしもすべてを言葉で説明する必要があるとも考えません。
ただこの映画は、表現するしない以前に、理解できていないまま作られたもののように感じます。
鑑賞者の感想をいくつも拝見しましたが「映像がキレイ」「よく分からなかったがすごい」という意見が大半で、原作が伝えたかったテーマを深く理解しているようなコメントは皆無でした。
この作品は単なる映像美を訴求するだけのものであってはなりません。そんなチープなものを作りたいのであれば、この作品を原作に選ぶ必要はありません。
原作『海獣の子供』は、海や生物を舞台として、この世界そのものの真理に迫り、そこから生命とは何か、生きるとは何か、人間とは何か、宇宙とは何かを、観る人が思い巡らすきっかけとなる、大変優れた作品でした。
原作者の五十嵐氏がなぜこの脚本にOKを出したのかはわかりかねますが、映画に興味を持った方はぜひ先に原作を読まれることをお勧めします。
原作からの改変はあるものの、1番大切な部分を理解した上であれば、単純に映像と音楽を楽しむ映画として秀逸な出来であると思います。