「シャロン・テートへの鎮魂を超える部分については…」ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド KENZO一級建築士事務所さんの映画レビュー(感想・評価)
シャロン・テートへの鎮魂を超える部分については…
ポランスキーの「吸血鬼」で
シャロン・テートと会えた縁と、
キネマ旬報で第2位のこの作品が
彼女の事件を扱っている
と知り鑑賞。
史実に近い内容と思い、
シャロン・テートの凄惨な事件は、
いつ始まり、どのように描かれるのかと
緊張して観ていたが、見事に裏切られた。
だから、シャロン・テートと
スティーヴ・マックイーンは
接点があったんだと信じたシーンや、
ハリウッド世界を描いたその他の
全てのエピソードも
どこまで真実なのか分からなくなった。
レオーネの「ワンス・アポン・ア・タイム
・イン・アメリカ」が西部開拓時代を
ノスタルジックに描き、
ハリウッド西部劇の歴史に敬意を捧げた
のに対し、
タランティーノの「…イン・ハリウッド」は、
懐かしい各映画に触れながらも、
ハリウッドの時代へのノスタルジーと
言うよりは、
“仮想シミュレーション物語”のような
体裁をとりつつ、映画人として
「シャロン・テート=マンソン事件」は
あっては欲しくはなかった、
もし、こんなことで避けることが
出来ていたらという、
事件そのものへの
悲痛な叫びのようにも思えた。
だから、この作品はシャロン・テートへの
鎮魂歌でもあったと思われる点においては
私の心に響いたが、
それを超える映画界の内部要素的な描写
については、
私は映画通でもないし、アメリカ人でも、
ましてやハリウッド関係者でもないので、
この映画に散りばめられたハリウッド世界
の断片に対し、きっとタランティーノの想い
を到底理解は出来ていなかっただろうと
思わざるを得なかった。
単なる映画好きに過ぎない私にとって、
その点においては
少し縁遠い作品だったかも知れない。
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