「色濃く描かれるキャラクターとその日常。生み出される因果。」ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
色濃く描かれるキャラクターとその日常。生み出される因果。
○作品全体
作品の中に積み上げられていく小さな物事がやがてすべて因果関係があったように作用していく。何気ないシーンや設定に対するこだわりがその説得力を生んでいるかのような作品だった。
例えばリックの過去の作品群。過去の栄光とだけするならば、あれだけ尺をとってその作品の一部を映像にする必要はない。「この過去作品の映像はなにか関係があるのか?」と疑問を持ちながら、膨大な情報量で作り込まれた過去作品を観客は見ることになるが、それだけでその作品群がリックを有名にさせてきたという根拠になる。また一方で過去の栄光にすがりついている今現在のリックという存在も浮き彫りにする。
クリフで言えば愛犬・ブランディだろうか。作品中、初めてブランディが登場するカットは少し特殊な画面だった。クリフが優しい声で自分が帰ってきたことを告げるところは、観客はクリフの帰宅を待つ妻に向けたものだと錯覚するだろう。しかしいつまで経っても部屋の中に踏み込んでこないクリフ。最終的にそのクリフを映したカメラは寝転がって愛犬を抱きしめる姿だった。きちんとしつけがなされているブランディとクリフとのやりとりは面白くはあったが、その一方で「中年男性が妻子を持たず、犬と孤独に暮らしている」というシチュエーションを浮き立たせる。
こうしたキャラクターを取り巻く何気ない要素たちがラストシーンでどれだけ大暴れをしたか、というのは一目瞭然だろう。キャラクターに付加価値を与える「だけ」のモチーフやシチュエーションは、色濃く描かれることによって「だけ」では終わらない要素として際立たされていた。
こういったリックとクリフが置かれた「落ちぶれ」としての状況や陰の部分の表現はいくつもあったが、「落ちぶれ」であるからと言って必ずしも作中で凋落の一途を辿るわけではない。事実、クリフ自身はフルタイムでのスタントができなくなったという「落ちぶれ」はあれど、組み手の腕が落ちているわけではなく、クリフなりの日常を生きている。リックもそうだろう。敵役ばかりになってセリフもドジることはあれど、ベテラン役者としてアドリブを駆使し、その役割を期待以上にこなすこともできる。誰しもがある日常のアップサイドダウンの中で、自分が気づかないうちに未来を変化させる何かを掴んでいる。そういったドラマティックでない風景について、ある種、執着するかのようにじっくりと時間をかけ、観客に意味のある風景ではないかと思わせる説得力がタランティーノ監督のもっとも特徴的な部分なんじゃないかと、本作品で改めて思わされた。
これがもし、それこそ「ハリウッド映画」だとするならば、「落ちぶれ」の描写はもっと極端で、ドラマティックなストーリーにあふれていただろう。リックは見せ場もなく、ヘタしたらギャグかと思うようなどうしようもないミスを見せていたかもしれない。クリフで言うのであれば、自分はまだできると思っているにも関わらず力は衰えているようなスタントマンとして描かれていたかもしれない。ブルース・リーにも負けていたんじゃないか。そしてリックとクリフ、二人の関係についても、もっとわかりやすく紆余曲折を構築するだろう。女性の存在が急浮上したりして、あからさまな喧嘩をして仲違いをする、そして仲直りして絆はより強固なものに…というような、退屈で見飽きた中盤の山場を作っていたかもしれない。
ただ、タランティーノ監督はそういうことをしなかった。誰しもある日常の中での山と谷を見せつつ、劇的でないままキャラクターたちの置かれた状況を変えていく。しかし変化するシチュエーションをじっくり、ねっとりと小物やキャラクターの表情で見せて、何気ないシチュエーションに意味を積み上げていく。こうして積み重ねていったからこそ、ラストの非日常に溢れたエキゾチックな雰囲気が際立つのだろう。
しかし、それでも、ラストの出来事を経ていてもリックとクリフの関係に変化を生じさせることはない…いや、もしかしたら事件後の二人の関係は今までと違う展開を見せているのかもしれない。しかし、それをわかりやすく作品中で映すことはしなかった。救急車に乗ったあたりでリックが「君を倍の額で雇い直そう」なんて言って、信頼関係はより強固に…という感動的な出来事にすることもできたはずなのに。ただ、タランティーノ監督はそれをしない。タランティーノ監督が最後に映したのはお隣のビッグネームと偶然知り合うことができ、親睦を深めようとするリックだ。まるでちょっとしたことをキッカケに始まる新たな交友関係の風景のように、日常にあるアップサイドダウンを切り取っただけのように、リックたちとその物語は終わっていく。その先にきっと待っているであろう、数々の因果が再び衝突する瞬間を予感させながら。
○カメラワーク
・回想シーンへの持って行き方が面白かった。普通なら現在のシーンと回想のシーンをつなげるときってフェードアウトとかオーバーラップを使って視覚的に時間を分けたり、もしくは「○年前」とかテロップを出してわかりやすくするはず。この作品で言えばアスペクト比を変えるってのも一つの手だと思う。ただこの作品ではまるで場面転換でもするかのようにパッと画面が変わるだけで、それが回想シーンだと気づくのはシーンが終わった後のキャラクターのセリフによってだったりする。もちろん全部がこういう分かりづらい回想シーンへの導入ではなかったけど、クリフがブルース・リーを殴っちゃうところなんかは、全然回想シーンだと思わずに見ていた。すごくシームレスで淡々と場面転換しているようでありながら、一つ一つのシーンが濃密なのがまた面白い。
○その他
・シャロンが映画を見に行くあたりの芝居の可愛らしさが印象的。体を傾けてポスターや劇場入り口を見たり、上映中のスクリーンへ目線を送るときのワクワク感のような肩の揺らし方。
・ブラッド・ピットの芝居がほんとにかっこいい。遠くを見ているような視線が、揺るぎない優位性のようで、クリフの腰の座った感じがよく出てた。かと思えば終盤でラリったクリフが銃口を突きつけられながら笑うときの笑い声。ケラケラと笑う声が凄い好き。
・西部劇映画で人質となった少女役、ジュリア・バターズの芝居もすごく良かった。リックと会話するシーンで見せた流し目と人質になっているときのあどけなく笑う表情。
ヴァイオレンスな雰囲気や描写、キャラクターの設定についてはもちろん承知しているけども、映像演出的な意味ではいまいち掴みどころがないなと思っていたタランティーノ監督。今作品でなんとなく掴めそうな気がする。そういう部分もあってか、タランティーノ監督作品で一番好きな作品と言えるかもしれない。