「ひとり相撲のブルース」愛がなんだ kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
ひとり相撲のブルース
とても丁寧で誠実、リアルな作品だったと思います。
登場人物たちのやりとりはあらゆる場面で濃度が高く、人間の関係性や内面に関心のある私にとってはどこを切っても旨味がありました。おそらくものすごく緻密に作られているのでしょう。セリフをメモる等、より詳細に鑑賞すれば、登場人物の行動がほぼ合理的に説明できると予想します。話題になるのも当然の出来だと思います。
内容は、もののみごとに自己愛の物語。自分の理想像を勝手に相手に投影し、そこから先には進まない。つまり相手の生の部分を無視した恋愛ばかりが描かれていました。基本、どいつもこいつも一人相撲です。
登場人物たちが未熟である、と断じることもできそうですが、正直似たような経験をしてきた、またはまさに真っ最中の人も多いのでは?かく言う私も黒歴史的に思い当たる節があり、チクチクと刺さるものがありました。
さて、5人の登場人物の中で、私が最も興味を惹かれたのはマモルです。主人公テルコに理想を押し付けられる一方、だらしない中年女スミレに自分の理想像を投影する中間的なキャラクター。友だちも少なく、どうも他者とイーブンな関係を築けない。
彼はある時、テルコに自己評価の低さを吐露します。こんな自分を好きになるのはおかしい、と。このシーンにはぐぬぅ…と思わず絶句。まるでかつての自分を見ているような気分!本当に痛いところを付いてくるイヤなガーエーであります(褒め言葉)。
憧れ的な恋愛も超あるあるで、あーイヤだイヤだ(笑)絶対上手くいかないし不毛なのである。やがてイーブンな恋愛ができるようになっても、今度は自分が人を愛する価値はあるのか・愛する事ができるのか問題が浮上しますよ!成長のチャンスをフイにするなど土壇場での弱さも見られるため、マモルは先が長そうです。きっと彼はこれからも苦しさをたっぷりと味わうことになるでしょう…フフフ…頑張れ…
女王さま気質の葉子に片想いを搾取されるオドオドしたカメラマン・ナカハラもかなり好きなキャラです。彼はほぼ唯一成長を見せ、この無意味な自己愛食物連鎖からイチ抜けします。しかも、単に無駄な時間を過ごしたとかではなく、愛する相手・葉子を想っての行動であり、それが独りよがりでなく現実的に説得力のある行動なのがすごい。
なので、このナカハラ✖️葉子の関係は、他のカップリングと違い、ちゃんと意味のある関係だったのではないか、と捉えています。単に愛のスキルがお互い乏しかっただけで。その後の葉子の行動も、成長を感じさせるものでグッときました!ナカハラという男が彼女の中に残っていることを示唆していましたし。
この2人の関係だけは、本作で『有』なんですよね。最終的には互いに生の相手を認識できたように感じました。自分の理想像を投影するだけの関係は空虚で『無』ですから。「幸せになりたいっすね〜」というナカハラのセリフがありますが、君ならば大丈夫だよ、と伝えたくなりました。
あと、地道に自分の仕事をしっかりこなしているのも良いですね。ナカハラは地に足がついている人だなと感じ、だから関係性から有を獲得し、成長できたのだと思いました。
自己愛食物連鎖の頂点に立つ薄汚い下品女スミレは恋をしないので一見無敵ですが、虚しさだだ漏れですね。心身ともに蝕まれている印象。10年後くらいに身体とメンタルがやられそうです。洞察力もあり、頭も良さそうなので、悲しい歴史があるのかな〜なんて想像し、ちょっと切なくなりました。また、クドカン似の不美人なのが説得力ありました。
しかし、主人公テルコは無理だった!あそこまでダークサイドに落ちると、ちょっとついていけないですね。人相がどんどん悪くなるのも異常にリアルです。覚醒後のナカハラとのやり取りは、そうなるとは解っていながらも引きました。
本作の序盤、後輩とのやり取りで「恋をすると相手以外どうでもよくなる」と述べており、後輩に「自分自身も?」と突っ込まれていましたが、ホントにその通りだから怖すぎです。
本来、恋は異界からの侵犯であり、そのパワーに抗えずにアッチの世界に行ってしまう人も多いです。しかし、テルコほどきれいにさらっていかれる人は珍しいと思います。やはり、恋に溺れて仕事を辞めるのはヤバすぎ。インナーチャイルドを無視したあたりから、この人はこの世にいながらあの世に逝っちまったなぁ、と遠い目になりました。いつの日か現世に戻ってきてほしいと願います。
本作はこのようにヘヴィな物語ですが、本質はブラックなコメディだと思います。とにかく、気まずいギャグがかなり多く、かなり笑えました。中目黒のクラブとか、バーベキューとか、無神経女スミレが登場してから妙なメンツで遊ぶ場面が増えて、居心地の悪いシーンも多くなりめちゃくちゃ面白かったです。さすがにゲラゲラという雰囲気ではないですが、グフフと密かに笑ってました。終盤はサイコホラーなギャグ満載です。
演者について。テルコ役の岸井ゆきのは達者ですね!特に顔芸が最高です。フリースタイルのdisは面白かった。葉子役の方は品のある美女で今後も見たいと思いました。
そしてナカハラ役の若葉竜也ね。あの大傑作地獄ガーエー『葛城事件』の無差別殺人犯を演じていたので、葛城事件思い出したらイヤだなぁと思ってましたが、杞憂でしたね。かなり凄腕、説得力ある俳優という印象です。