「育児は女の闘争だ! 面白いのだが、どうしても”あの”作品を思い出してしまう…。」タリーと私の秘密の時間 たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
育児は女の闘争だ! 面白いのだが、どうしても”あの”作品を思い出してしまう…。
3人の子供の育児に追われる主婦マーロと、夜だけ子供の面倒を見てくれるベビーシッター、タリーとの交流を描くヒューマン・ドラマ。
主人公マーロを演じるのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『ワイルド・スピード ICE BREAK』の、オスカー女優シャーリーズ・セロン。なお、セロンは本作の製作にも名を連ねている。
まず結論から言っちゃうと、この作品めちゃくちゃ面白い!🎉
育児に疲れきった主婦が、凄腕ベビーシッターとの交流によって本来の自分を取り戻していく、というありがちなハートフル・ストーリーかと思っていたら、まさかまさかの深さまで物語は潜って行ってくれる。
95分というタイトなランタイムは作品の身丈にあっていて非常にスマート。急転直下のクライマックスも相まって、映画全体のスピード感が半端ない。
ヌルい邦題に反して、絶対に退屈はしない映画だと思うので、是非ともネタバレは見ないで観賞してほしい(この後がっつりネタバレを書くんだけど…😅)。
本作の主演女優シャーリーズ・セロン。
彼女の徹底した役作りは、正にプロフェッショナルの仕事!本当に素晴らしい✨
本作のために20kg以上の増量を敢行。
あれだけ美しかったシャーリーズ・セロンが、普通の中年おばさんになってしまっている。
食卓で半ばヤケクソ気味に着ていたTシャツを脱ぎ、ブラジャーだけの姿になるシーン。
私の作り上げた肉体を見ろ!と言わんばかりに、堂々とあのダルダルボディを見せつけるセロンの漢気に感服しました。中年太りを見て感動したのは初めてです。
この人は自分の美しさにコンプレックスでもあるのか、『モンスター』とか『マッドマックス』とか、美貌をぶち壊すような役をよくやってますよねー。
美人も色々大変なんだろうな…。
そして誰もが褒めざるを得ないのは、綺麗事一切抜きの育児描写でしょう。
もうコレはほとんど戦争描写。『プライベート・ライアン』もマッツァオな迫真の戦闘シーンのため、人によってはPTSDがフラッシュバックしてしまうかも。
長男のジョナが車の中でパニックを起こしてしまうシーンとか、もう本当にキツい…。
育児に関して、他の映画ではあんまり観たことがなかったものといえば、お乳が張って痛いという描写。コレは絶対に経験者じゃないと描けないものですよね。
吐瀉物と並列的に母乳を処理する、しかもトイレで。ここには育児に対する美化が一切行われていない。
搾乳器を取り付けたマーロの姿がたびたび映し出されるのもそう。その姿はまったくエロくも美しくもない。
現実の育児って、綺麗事で片付くものじゃないんだ、ということを嫌というほど教えてくれる。
育児ノイローゼを取り扱った作品なので、重くてシリアスな物語かと思いきや全くそうではない。
むしろコメディと言っても良いほど、笑わせてくれるポイントがたくさんある。
兄夫婦とのちょっとズレた関係性は、それを見ているだけでなんとなく楽しいし、マーロの口が悪いところなんかもかなり可笑しい。
育児疲れのだらけた姿のまま、「ジゴロ」というエロ番組を観ているというのは正直かなり笑っちゃいました🤣
一貫しているのは、結局のところ育児というのは周囲の人間とのコミュニケーションである、ということ。
タリーはたしかに完璧な仕事をしてくれるが、彼女の一番優れたところはマーロの話をちゃんと聞いてくれるというところ。
話をしよう、話を聞いてもらおう、そして話を聞こう。
ものすごくシンプルなメッセージだが、だからこそストンと腑に落ちる力強さがある。
マーロというキャラクターの背後はあまり語られない。
荒れた家庭環境で育ったということ、旦那と結婚する前は沢山の異性と付き合ってきたということ、ヴァイという女性とルームメイトであったということ。大体このくらいか。
何故それほどモテたマーロが、特別イケメンでも金持ちでもないドリューと結婚したのか。
そして、何故彼女は明らかに友情以上の感情を抱いているであろうヴァイの下を離れたのか。
もしかしたら、ドリューは彼女のボーイフレンドの1人に過ぎず、元々結婚する気はなかったのかもしれない。
マーロが妊娠してしまい、そのまま成り行きで彼と結婚したのかも。
もしかしたら、マーロとヴァイは愛しあっていたが、マーロは複雑な家庭環境に育ったことが原因で「平凡」な家庭を築くことへの憧れを抱いており、子供が欲しかったためにヴァイと別れ、ドリューと結婚したのかも。
コレらは妄想に近い推理だが、あながち間違ってもいないような気もする。
「普通」とか「平凡」とか、通俗意識の内にある幻想に囚われるのも良いが、それらに納得もしていないのに、ただ従うだけ従っていると、いつか苦しむ時が来る。
本作が言っているのはそういうことなのかもしれない。
関係ないけど、映画内における自転車に乗って疾走するシーンって個人的にツボ。『キッズ・リターン』とか『Summer of 85』とか。
自転車ってなんとなく「青春の喪失」って感じがするんですよね。本作なんかまさにそうだし。
自転車を上手く扱っている映画は、それだけで◎💮
めっちゃ面白い映画だと思う…。
けど、やっぱりモヤモヤしてしまうのはタリーの正体。
いやこれ、まんま”あの"映画じゃないですか〜💦
まぁ"あの"ことに関してはルールによって喋っちゃいけないことになってるので口には出しません。そうだろタイラー?
なんか哲学的なこと言ったり、やけに蘊蓄知っていたりと、どう考えても2人のキャラクター像が似すぎ。
"あれ"では生きる実感が湧かない主人公が"彼"を作り出し、"彼"に全てをぶち壊されることで自分を取り戻したわけだが、本作では生きる実感が湧き過ぎてオーバーヒートした主人公がタリーを作り出し、彼女のセラピーによって自分を取り戻す。
明らかに"あれ"の逆を描いている物語は確かに面白い。
面白いのだが、そりゃ"あれ"をオマージュすりゃ面白いのは当たり前だろ、という気もする。
現代の映画はオリジナリティよりもサンプリングだ、というのは真理だと思うが、本作はちょっとそのまんまやり過ぎている。車が転落するという展開も"あれ"で観たし。
「面白ければそれで良いじゃん」と言われればそれはそうなのだが、うーんなんかモニョるなぁ。
何はともあれ、育児に疲れたお母さんに、夫婦揃って観てほしい映画です。
最後に、完璧な子育てなどという幻想に取り憑かれた方に、我が心の師匠・坂口安吾大先生の名文を送ってサヨナラしたいと思います👋
「親がなくとも、子が育つ。ウソです。
親があっても、子が育つんだ。親なんて、バカな奴が、人間づらして、親づらして、腹がふくれて、にわかに慌てて、親らしくなりやがった出来損ないが、動物とも人間ともつかない変テコリンな憐れみをかけて、陰にこもって子供を育てやがる。親がなきゃ、子供は、もっと、立派に育つよ。」(「不良少年とキリスト」)
同僚(男、トラック運転手)が言ったんですよ
「もうひとり子供がほしいなぁ。
もう一度子育てをしてみたいんだよ。
20代での自分の子供との関わりはそりゃあもうひどいもんだった。
だって子供が子供を育てるんだもの。
今ならね、自分も大人になって、どんなにか楽しく余裕を持って子育てできると思うんだ・・」
そう言って笑ったのは50歳になる同僚でした。
深く同意、そして僕も心が痛い。
安吾めー、喝破しやがって‼️