ライ麦畑で出会ったら : 映画評論・批評
2018年10月23日更新
2018年10月27日よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
伝説のサリンジャーを探し出した高校生の、ほろ苦くも優しい青春グラフィティ
痛々しくてむずがゆい。でも優しい気分になれる。「ライ麦畑で出会ったら」は青春時代の心のかさぶたを引っ掻いてくるような映画だ。
タイトルでお察しの通り、本作は不朽の名作小説「ライ麦畑でつかまえて」に着想を得ている。小説そのものの映画化ではなく、小説に感銘を受けた高校時代のジェームズ・サドウィズ監督の自伝的作品である。
1969年、アメリカ。我こそはサリンジャーの真の理解者なりと信じる高校生のジェイミーは、「ライ麦畑でつかまえて」の舞台化を熱望している。しかし、それにはサリンジャーの許可が必要。窮屈な学生寮を飛び出し、サリンジャー好きの女の子とともにサリンジャー探しの旅に出る。
小説発表後、表舞台からこつ然と姿を消したサリンジャーを一介の高校生が探し出せるものか。結局本人には辿り着けず、道中様々な出会いを経て少年は大人への階段を登る…そんな話だと筆者は勝手に思っていたが、なんと本当にサリンジャーを探し当ててしまったことには驚いた。すごい行動力だと感心すると同時に、なんて根拠のない自信に満ち溢れた奴だ、と恥ずかしくもなった。ジェイミーは自分の本がサリンジャーに絶賛されると信じて疑っていないのだ。
しかし、そんな主人公を笑えるものか。同じような体験が筆者にもある。高校時代、映画学校の説明会に参加した折、担当講師に自信満々に自分の書いた脚本を手渡し、読んでくれと迫ったことがある。
今思うと本当に恥ずかしい出来の本だったが、あの年代の根拠のない自信は人を無敵にしてしまうのだ。しかしそのおかげでいろんな経験をしたし、それがなければ筆者の成長はなかった。
そんな恥ずかしい過去も、振り返れば良いものに思えてくる。本作を観て、筆者は昔の馬鹿な自分を見ているようで、顔が真っ赤になりながらも、そんなヤツを温かい眼差しで描いてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになった。哀愁漂う秋の風景に爽やかな風を送り込んでくれる素敵な映画だ。
(杉本穂高)