「熱く、楽しく、面白ければ何でもいい“お仕事ムービー×コン・ゲーム”」騙し絵の牙 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
熱く、楽しく、面白ければ何でもいい“お仕事ムービー×コン・ゲーム”
出版業界を舞台にした作品というと似たり寄ったりの忙しいお仕事ムービーがほとんど。
が、本作はそうでありながら、一線を画す。
裏切り、騙し騙されのコン・ゲーム要素をプラス。
原作は『罪の声』の塩田武士。監督は才人・吉田大八。出演は大泉洋、松岡茉優他豪華な面々。
これで面白くない訳がない!
出版業界の不況の煽りを受ける大手出版社“薫風社”。
創業一族の社長が急死し、次期社長の座を巡る争いが勃発。
先代の息子を擁する常務vs売れない雑誌を次々廃刊する大改革方針を進める専務の東松。
そんな中、変わり者の速水はカルチャー誌“トリニティ”の編集長に就任。“偶然”社の顔“小説薫風”から新人編集者・高野を引き抜き、発行部数を上げる様々な奇策に打って出る…。
速水の打ち出した奇策。それは…
これまでの固定概念やカラーに染まらない。
“小説薫風”専門の大御所作家に掛け持ちして貰う。
“小説薫風”で落とされた才あるイケメン新人作家のデビューの場にする。
人気の美人モデル作家に本当に書きたいものを書いて貰う。
編集者各々、温めていた企画をぶち込む。
20年以上前に姿を消した幻の作家、シンザ…いや、神座(カムクラ)の足取りを追う…。
面白ければ何でもいい!
どんな業界でも新風を吹き込むのは、異才。
それは古今東西明らか。
勿論昔ながらのやり方も大事。でも、寛容さの無い固執した傲慢さが才能を潰す。
双方取り入れて、各業界生き残れる可能性がある。
原作者が当て書きしながら執筆しただけあって、速水役は大泉洋にドハマり。
飄々とした性格、軽妙なトーク、親しみ易い人たらし、そしてその中に隠し持つ“牙”の漢気…。
とあるインタビューで、「私が演じた役の中で最も私に遠い」なんて返すのも、流石!
速水に振り回される松岡茉優も流石の巧さと魅力。ある人物に対して言う、「お前、誰だよ?」には笑った。また本作はクセ者速水劇というより、彼女の奮闘・成長劇でもあった。
若手、実力派、個性派、ベテラン、本当に出てくる出てくるその面子を見ているだけでも楽しい。一気に駆け足で。
池田エライザ。何か問題とやつれを抱えた人気モデル。
中村倫也。最後に登場する先代の息子だが、その目的は…?
佐野史郎。憎たらしい役所はお手の物。
國村準。居ると思わせる面倒臭そうな大御所作家。
木村佳乃。クールなキャリアウーマンがハマる。
小林聡美。彼女はもう素でしょう。
宮沢氷魚とリリー・フランキーの役所については、内緒。
佐藤浩市。存在感は言わずもがな、速水の後ろ楯だが、侮れない。
豪華キャストのクセ者キャラを捌きつつ、出版業界の内幕を、スリリングかつユーモアを交え、テンポ良く仕上げた吉田監督の手腕こそ、“大胆な奇策”。
一作一作ごとにシリアス作品とブラック・ユーモア作品を手掛けているが、本作はこれまでの中でも最もエンタメ色が高い。
この才人はまだまだ秘めたるものを隠し持っている…。
宣伝文句なんかでは、“ウソを見破れ!”とか“大どんでん返し!”とかかなりの捻ったストーリー展開を煽る感じだが、勿論どんでん返しはあるが、他の方々が仰るように、ちと誇大広告過ぎかな、と…。
速水が高野からのペン入れを何度も断る時点でうっすら察しが付いた。
姿を現さないあの人物がきっと思わぬ所で絡んでくるのも察しが付いた。
しかし、話が非常に面白かった。
まさかの敵陣地からの引き抜かれ。が、これは速水が先読み仕掛けた“爆弾”。
誰が敵で、誰が味方か。使い古された言葉だが、コロコロ変わって本当に本作にぴったり。
速水の起死回生の奇策。廃刊の危機をどう免れる…?
小説薫風vsトリニティの“仁義なき戦い”の行方。
東松が推し進める“プロジェクトKIBA”とは…?
下手すりゃバランスが悪くなるくらいの要素を詰め込みながらも、そこは吉田演出、伏線も張られ、最後まで飽きさせない通快エンタメ!
エンタメ一色ではない。
前述の通り、出版業界の表と裏。
また、出版業界のみならず、どの業界にも通ずる“スキャンダル”。
ある事件が起きる。そのまま出版するか、差し替えるか。
映画業界なんかもそうだ。一人の役者が不祥事を起こし、公開延期や見送りや最悪お蔵入りだってある。
世間一般的にはきっと、不祥事を起こした人物の雑誌や映画など見たくない!…と、ボロクソ炎上するだろう。
が、その作品の為に努力し、心血注いだ作り手の思いは…? たった一人の不祥事の為に作品が水の泡と消えてもいいのだろうか…?
不祥事は不祥事。人それぞれ意見もあるだろうが、犯した事と芸術は別。
劇中でも言っていたが、綺麗事で詭弁かもしれない。売り上げの為の炎上商法かもしれない。
だけど私は、“作品は作品”を信じたい。
速水の台詞、「楽しければ仕事はおもちゃでもいい」。こんな事言えるなんて凄い。そう言っといて、実際は仕事に熱い男。
高野の最後選んだ道も心地よいものだった。
出版社のようで、ネット通販ツールのようで、昔ながらの本屋さんのようで。
その根底には、本が好き。
ずっと速水に振り回され騙されっ放しの彼女だったが、最後の最後に速水にしてやったり!
実は強か? いや、
これがひょっとしたら、本作一番の“騙し”だったり…!?