「塩田原作のエッセンスを抽出して再構築、既読者をも驚喜させる映画流の“騙し絵”」騙し絵の牙 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
塩田原作のエッセンスを抽出して再構築、既読者をも驚喜させる映画流の“騙し絵”
どんでん返しの仕掛けがあるベストセラー小説を映画化する際、読者にはすでに割れているネタをどう扱うかが難題だ。筋を忠実に再現するのも一つの手だが、その場合は既読者を驚かせるという点で妥協することになる。ほかにも、膨大な要素を詰め込み過ぎてせわしないダイジェストになってしまったり、登場人物のイメージに合わないキャスティングで失望させたりといった、原作物にありがちな落とし穴を避けつつ娯楽映画として成立させるにはどうするか。
主人公に大泉洋を“あてがき”するというアイデアを編集者から持ち込まれ、塩田武士が斜陽化する出版業界を舞台に書いた同名小説(本の内容に似て、その成立にも仕掛け人がいた点が面白い)。吉田大八監督は楠野一郎との共同脚本で、雑誌編集長の速水(大泉)、部下の編集者・高野恵(松岡茉優)、大物作家の二階堂大作(國村隼)などごく一部のキャラクターを残したほかは映画独自のサブキャラを適所に配し、小説の編集という仕事に対する速水と高野の愛着、雑誌廃刊の危機に奮闘する編集長と部員たち、出版社内の派閥抗争に翻弄される速水といった原作のエッセンスを抽出して再構築。いくつもの仕掛けが2時間の中できれいに決まるオリジナルな娯楽劇を作り上げた。映画単体でももちろん楽しめるし、既読者も原作のエッセンスを再び味わいながら、まったく新しい騙しの仕掛けに驚き満足するはずだ。
大泉の飄々とした“陽”の持ち味を活かしつつ“陰”(=牙)の面も引き出す緻密な演出も冴えわたり、吉田監督の新たな代表作となった。どんでん返し系の原作をオリジナルな筋で映画化した稀有な成功例でもあり、今後似たようなことをやろうとする映像作家にとってはハードルが一気に上がったはずだ。