「終活の物語」家(うち)へ帰ろう かずぼんさんの映画レビュー(感想・評価)
終活の物語
主人公はアルゼンチンに住む元仕立て屋。
孫たちに囲まれ、一見幸せそうな老人である。
しかし娘たちの手により長年住んだ家は売りに出され、悪くした足は医者に見切りをつけられ切断が決定。そのうえ老人ホームに入れられようというところだった。
荷物を整理しているさなか、一着のスーツが出てくる。
第二次世界大戦時ドイツ軍から迫害を受けたユダヤ人であるアブラハム。
そのスーツは70年前命を救ってくれた親友との約束の品であった。
こうしてアブラハムは70年前の約束を果たすべく家を離れるのであった。
70年間一切の連絡を取らなかった親友に、かつての約束を果たすべく「家出」をしたアブラハム。
痛む脚を抑えながらアルゼンチンからポーランドへ、実に13,000kmの旅を描いたロードムービーである。
作中アブラハムは「ポーランド」という言葉を口にせず、紙に書いて示していた。
実際、「ポーランド」という名前は忌まわしい土地の名前という事で、絶対に口にしない人(特に当時迫害を受けたユダヤ人のコミュニティで)一定数居るそうだ。
本作品の監督は、自身の祖父がやはり移民であり「ポーランド」を禁句にしていたことや、偶然カフェで耳にした70年ぶりに匿ってくれた友を尋ねにポーランドへ行くという話を本作のベースとしているとの事。
実際ユダヤ人は戦中、戦後に散り散りになっており、こういったかつての恩人に会いに行くという事もあったと聞く。
何にせよ、未だに当時のトラウマが癒えることは無く、忌まわしい思い出として根付いていることは想像に難くない。作中でもアブラハムは何度も当時の夢を見ている。決して忘れられない出来事なのだろう。
本作ではそんな老人一人旅を、様々な出会いと別れを通じて描いており、非常に優しい気持ちになれる作品であった。
90分という短い映画だが、喜怒哀楽がぎっしりと詰まっており、見ごたえのある映画だった。
本作の原題は「El último traje」。英語で書けば「The last suit」。最後のスーツである。
しかし邦題は「家へかえろう」。作品を見終わったからこそ言えるこの邦題の素晴らしさ。
邦題についてはよく賛否の的となるのだが、この邦題は非常に秀悦であると思う。
傑作ではないが心に残る作品である。