「カッコいい爺さんのロードムービー」家(うち)へ帰ろう 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
カッコいい爺さんのロードムービー
リア王みたいな偏屈な老人が地球を半周する旅をするロードムービーである。主人公は頑固で視野の狭いユダヤ人で、人間の尊厳を卑近なプライドと誤解し、ナチスとドイツとドイツ人をまとめて混同しているが、若い頃の第二次世界大戦を生き延び、親の代からの洋服の仕立てで生計を立てて三人の娘をきちんと育て上げた苦労人でもある。プライドを守るために声を荒らげたりもするが、根は善人で変な悪意は持たない。シャイでユーモアのセンスもある。そして、齢90を超えてなお矍鑠としている。一言で言うと、カッコいい爺さんだ。
そんな爺さんならば、若い頃に受けた恩を忘れずにいるのも当然だ。いつか恩を返したいと願い続けて叶わずにいたが、漸く報いる時が来た。意を決して出かける様がこれまたカッコいい。仕立て屋だからおそらく自分で仕立てたであろうスリーピースは、サイズもピッタリでとってもお洒落だが、足が悪いせいで革靴の代わりに運動靴を履いているところに愛嬌がある。
旅の途中で様々な人との出逢いと別れがあり、主人公の人柄にほだされ、見た目からして老齢ということもあって、いろいろな人が彼を助ける。最後に彼を助けた看護婦は、彼がポーランドに来た理由を聞いて、あなたは素晴らしい人だと彼を勇気づける。
偏屈で強がりの主人公がわだかまりを捨てて、かつて人格と身体を蹂躙され続けたアウシュヴィッツ収容所のあるポーランドを訪れることは、大変に勇気のいることだと思う。仕立て屋の彼は、最期に自分の人生の仕立てを終えたのだ。
コメントする