「不思議な感動を覚える」洗骨 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
不思議な感動を覚える
本作品のスケールの大きな世界観に驚いたというのが、鑑賞後の正直な感想である。
映画の前半は、地方の島らしく未だに残る封建主義と家族主義の価値観が登場人物を支配していて、少し嫌悪感を覚えた。そういう閉じ込められたような価値観の中で進む物語なのかと思ってしまった。そして奥田瑛二演じる主人公新城信綱の魂の再生が主なテーマなのだろうと勝手に予想してしまう。前半は、ある意味退屈である。
ところが後半になると、主人公は必ずしも信綱ではないと思いはじめる。そして登場人物たちのセリフが、封建主義や家族主義から逸脱して、本音で語りはじめる。それまで感情移入できなかった登場人物たちが俄然輝き出し、人間的な魅力に溢れてくる。そのきっかけは意外にもハイキングウォーキングのQ太郎の登場であった。
島の風習を熟知し、島の考え方に染まっている人たちばかりのところに、考え方の異なる未知の人間が現れれば、それだけでダイナミズムが生じる。異世界であった島の出来事が身近なものとなり、洗骨という儀式が現実味を帯びてくる。それから先は怒涛の展開で、男たちによるプチ巻網漁での小魚獲りから洗骨に至る数々の場面は、息を呑むシーンの連続であった。あるときはほのぼのして、あるときは緊張感があり、あるときは厳かである。これほどのシーンを撮ることができた照屋監督は賞賛に値する。
俳優陣はQ太郎も含めて好演。特に大島蓉子の迫力のある演技は、流石に舞台で鍛えられただけある。一瞬でその場の空気を決めてしまうほどである。水崎綾女は河瀨直美監督の「光」で永瀬正敏を相手に主演を務めた。そのときは目に力のある女優さんという感想だったが、本作品でも同様に目に力をためて、封建的な島のパラダイムや、ひとりで生きていく不安と闘う気持ちをそれなりに表現できていたと思う。
島の風景は何処も美しい。植物も動物も全て包み込んで海に囲まれている様子は、静かに微笑む女性のようでもある。筒井道隆のモノローグに少し説明過多を感じたが、島と人、生と死をこれほどうまく、そして同時に表現した映画ははじめて観た。死ときちんと対峙し、生命ときちんと対峙する。その圧倒的なリアリティに、これまで経験したことのない不思議な感動を覚えた。傑作である。